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第30話 呼ばれて飛び出て

「お、牧場が見えるなぁ」

「……あんまり乗り出すと落ちますよ」


 遥か彼方にうっすらと見える自分の牧場を確認するリコリスに、背後のライカリスから呆れたような忠告が飛んできた。


 リコリスとライカリスの2人が今いるのは、スィエルの町の北方にある高い山の頂上付近だった。

 木が生い茂り見晴らしはよくないが、あと少し登れば頂上という場所に、周囲の木を押し退けるようにして巨岩が鎮座している。リコリスたちは、今その上に立っていた。

 上部分が広く、人間2人が立つのに苦労しないほど大きな岩だが、その先端は山の斜面に大きくせり出している。

 わざわざその先の方に寄っていって景色を眺めるリコリスに、ライカリスは先ほどからため息をつきっぱなしだ。

 それがあまりにもギリギリになってきたため寄越された忠告に、リコリスは首を竦めて振り返った。


「ごめん」


 謝りながらライカリスの隣に戻れば、彼は困ったように笑う。


「そんなに怯えないでくださいよ」

「だって怖いんだもん」

「……」


 さらりと言われた言葉に、ライカリスは情けなく眉尻を下げた。


 ライカリスとどちらが強いのかと弟子に問われ、実践してみせたあの日から、既に数日。あの後2日ほど地に足のつかない生活を強いられたリコリスは、ライカリスを怒らせてはならないと、改めて学んだ――


 ……フリをして、彼をいびっていた。


 何といっても散々いじめられたのだ。

 確かにあれは、問答無用で戦闘を仕掛けたリコリスに非がある。それはそうなのだが。

 自業自得と理解はしつつも、仕返しせずにはいられない生き物がリコリスである。


(いや、私が悪いのは分かってるんだけど……! でも、あそこまでしなくてもよくないっ?)


 弟子や妖精たちの前で抱えられ続け、ことあるごとに擽られたり、匂いを嗅がれたり、耳を噛まれたりと、地味な嫌がらせを受けた2日間は、忘れられない。「はい、あーん」とかもな!

 そのお仕置きの数々が大層堪えたフリをして、――否、大層堪えたからこそ、リコリスはそれを態度で示してみたのだが。


「リコさーん……」


 覇気のない声を出しているライカリスは、リコリスに怯えられるという状況が殊の外辛かったようだ。あの嬉々として意地悪をしていた顔は、リコリスがそういう態度をとり始めてから、ころりと勢いを失ってしまう。

 更に意地悪されることも警戒していたのだが、そうはならなかった。


 そうして遊ぶこと、今日で2日目。

 おろおろと周囲をうろつく高い背が一回り縮んだように見えて、そろそろリコリスの罪悪感も主張を始めている。

 訴えるような瞳を見返して、一拍。リコリスは苦笑した。


「――冗談。ごめん」

「……本当に?」


 訝しげに伸ばされる手は、今までを考えると随分と遠慮がちだった。

 その手を自分から掴み返して、リコリスはしっかりと握る。色々な謝罪を込めて。


「ホント」


 言葉を重ねれば、目に見えてライカリスはほっとしている。

 どれだけ落ち込んでいるんだろうか。心底安堵の響きがある声に、リコリスの方が困ってしまう。

 沈みかけた空気を払拭するように、彼女は空いた方の手でライカリスの背を軽く叩いた。


「そろそろ行こっか」

「ああ、はい。そうですね」


 ようやく緩んだ表情から視線を外し、リコリスは歩き出す。

 手は繋いだまま、わざわざ岩を削って誰かが作ったらしい階段を駆け下りて、地面に足がついたところで、少し後ろを振り仰いだ。

 視線が合ってきょとんとするライカリスに、リコリスは言いにくそうに唇を尖らせる。言いにくいが、やはり言わなくては。


「リコさん?」

「えーと……ごめんね」


 仲直りをしてもらえる?

 小さな声に一瞬目を丸くしたライカリスは、それからふわりと微笑んだ。


「ええ。こちらこそ、ごめんなさい」


 苦笑にも見えるその微笑から今度こそ勢いよく目を逸らし、しかし繋いだ手には力を入れて、リコリスは足を踏み出した。




■□■□■□■□




 そこかしこにキノコや木の実の見える山の、頂上を踏み越えてリコリスたちは更に進む。

 今回の目的地はこの山の裏側だった。


 いくつかの山が連なったこの地形の、山と山の境目の部分に、この時期にしか採れない特殊な花が咲き、木の実が実る。その、甘い蜜の採れるリュラの花と、単体で食すと酸味の強いナスルの実は、数日後に控えた星河祭で振舞われる、星飴の材料だ。

 本来ならばこの時期、行商人が材料を売りに町を訪れるか、牧場主たちが走り回って材料を確保するのだが、そのどちらもが現在は不可能である。


 スィエルの町でもこの2年は星河祭の特徴である笹も、御霊石も、星飴もないまま、祈りだけを捧げていたらしい。

 そこへリコリスが戻ってきて今年の祭の材料の調達を買って出た。

 ちなみに笹と御霊石は過去のイベントで大量に所持していたものを差し出したのだが、普通に回復アイテムとして使える星飴だけは材料も含めて全て使ってしまっていたため、今回の遠出になったのだ。


「いっぱい採れるといいけどねぇ」


 繋がれた手に支えられながら、木の間をすり抜けて下る。足元に気をつけつつも、リコリスはのんびりと希望を述べた。

 ライカリスがそれを聞いて同意する。


「そうですね。美味しいですから、星飴」

「ホント甘いもの好きだよね、ライカ」

「ええ、まぁ」


 特に否定もしない。星飴自体、子どものお菓子なのだが、いいのか。

 そう思いつつわざわざ指摘もしないでいると、ライカリスは期待に満ちた目を向けてくる。


「リコさん、作ってくれるんでしょう?」

「ああ、……うん」


 若干気圧されつつ、頷く。

 過去のクエストで、リコリスは星飴のレシピを手に入れているから、希望に沿うことは可能だった。ただし、リコリスのレシピは普通のそれではない。


 まだゲームとして『アクティブファーム』を楽しんでいた時、リコリスはあるクエストを進行していた。スィエルの町の土地を買うためのクエストの内のひとつで、ユーフォルビア・リッカーという老女の手助けをするというものだ。

 弟とスィエルの町を深く愛したユーフォルビアは、性格はきつめだったが、心根の優しい人だった。クエストの進行と共に彼女は病気で亡くなってしまったのだが、その間際に得意としていた星飴のレシピアイテムをくれたのだ。

 それは今、『ユーフォルビアの星飴』というタイトルで、リコリスのレシピ集に名を連ねている。


 数多くのプレイヤーの中で、リコリスだけが作れる特別な飴。それはゲーム中、普通の星飴よりも大きな回復効果を持っていたが、それ以上に思い出が心に残っている。

 盗賊などの悪人が死ぬクエストはたくさんあったが、名を持ち、個性を持つNPCが死ぬことは珍しい。

 クエストの後、ユーフォルビアは本当にゲームから姿を消してしまった。そんな、土地クエストのためだけに存在するNPCだったが、それでもリコリスは悲しいと思った。

 今も、彼女のレシピを見るたびに一連のイベントを思い出す。


「どうかしましたか?」


 押し黙ったリコリスに、ライカリスは不思議そうな顔をする。

 そういえば、土地クエストの多くは、この相棒を連れずに進行したのだった。だから、何があったか知らないのだろう。


「何でもないよ。――楽しみにしてて」


 リコリスは首を振って、それだけを口にした。


 そうして道なき道を下ることしばし、高い山に囲まれ、太陽の光を遮られた山峡に足を踏み入れると、そこは夏だというのに随分と涼しかった。冷たい空気が汗を冷やし、余計に涼しく感じられる。

 思わず体を震わせたリコリスに、ライカリスが首を傾げた。


「寒い?」

「寒い……まではいかないかな。涼しすぎるくらいで」

「また、そんな微妙なことを。服貸しましょうか?」


 汗ひとつかいていないライカリスが、着ている薄手のシャツの襟を引っ張ってみせる。

 少しだけ考えて、リコリスは首を振った。


「んー、多分平気かなぁ。ありがと」


 というか、この会話の流れなら蝙蝠様が服を出してくれてもよさそうなものだが、不思議とその気配がない。

 まぁ、それでも我慢できないほどではないし。

 そう告げれば、「なら、早く終わらせましょう」と背を押され、頷きながら視線を前方に戻す。

 薄暗い森の中、たくさんのリュラの花とナスルの実が微かな光を放っていて、確かにこの分なら早々に終わりそうだとリコリスは思った。




 ――――……。



「……?」


 どうせ時期が終わったら種にもならず枯れてしまうのだからと、目につく花と実を片っ端から集めていたリコリスは、ふと、顔を上げ視線を彷徨わせた。

 感じた違和感。……それは誰かに呼ばれるような。


「リコさん?」


 動きを止めたリコリスに、ライカリスから視線が寄越された。

 だがそれには唇に人差し指を当てて応えると、彼女は耳を澄ませる。



 ――――……。



 確かに、呼ばれている。……と、思う。

 上手く説明できない感覚に、リコリスは黙ってライカリスの袖を掴み、自分の勘に任せて進み始めた。


 薄暗い中溢れる光の間を縫っていくと、光を放っているのは花と実だけではないのが分かる。ころころとした石が、周囲の花や実と同じように光を放っているのだ。

 大量に所有しているため集める必要がないと判断した御霊石である。

 星河祭の時期に光り始め、戻ってきた祖先の魂の一時の宿となるというこの石は、ただ地面に転がっているだけでも神秘的だった。



 ――――……。



 呼び声は次第に強く、大きくなる。音になっているわけではないのに、妙な感じだった。

 集中しているリコリスの後ろに、黙って従っているライカリスを連れて、森の奥へ奥へ。5分ほど歩いて、彼女は足を止めた。

 前方に、リコリスの身長と同じくらいの高さの岩があり……、


「……人骨、ですね」


 ライカリスが低く呟く。

 元は岩に背を預けていたのだろうか。人ひとり分の骨が、そこにあった。


「男性ですね。――結構、古い……?」


 進み出たライカリスが骨の前に膝をつき、躊躇いもなく手を触れ、検分を始める。

 そうしていつ頃のものか確認したらしい彼は、訝しげに首を捻った。


「保存状態良すぎですよ、これ。変な死体ですねぇ」


 確かに、衣服も薄汚れているとはいえ原形は留め、骨そのものも風雨に曝されていたにしては綺麗なものだった。骨の隣にあったリュックも同じく多少古ぼけた程度で残っている。

 やがて骨本体から手を離したライカリスの興味はそちらに移った。


 リュックの中を漁っている彼の隣にしゃがんだリコリスは、触れるかどうするか迷いつつ、骨の上に視線を滑らせる。

 正直、ライカリスのように骨を見て何かが分かるというものでもないのだが。


(……あなたが、呼んだの?)


 心の中で、そっと問いかける。先ほどの感覚は、今はしない。

 頭蓋骨から、ゆっくりと目線を動かし、リコリスはふと眉を寄せた。


「……ん?」


 横たわる骨の手に何かが握られているのだ。骨の隙間から、微かに光が漏れている。

 確認しようか。しかしそれには、触らないといけない。迷った末、手を伸ばしかけたところで、ライカリスが顔を上げた。

 リュックから引き出された手には、ボロボロの布切れが握られている。


「何かあったの?」

「――包帯、です。でも……」

「でも?」

「日付と名前が書いてあるんですが、これ、55年前の日付なんですよね」

「55?」


 どう見てもそんな昔のものには見えない、この骨が?

 同意見なのだろう。ライカリスの顔にも、不可解だと書いてある。


「ええ。そして名前は――カリステモン・フェイレル」


 続けて音にされた、その名。

 それが言い終わるかというところで、ぱっとその場が真っ白い光に包まれた。


『?!』


 ライカリスが咄嗟にリコリスの腕を掴み、後ろへ飛び退った。

 ぐるんと視界が揺れ、リコリスは瞬きをする。気がついたときには、赤い髪の揺れる背が、目の前にあった。

 

「……」


 隙なく短剣を構えるライカリスの背中越しに、リコリスは光源の方を覗き見る。

 目を焼くような強い光は既になく、ただ先ほどと変わらず、横たわる骨がそこにあり――そして。



「はあーっはっはっはっは!! 待たせたね、君たちっ!」



『…………』


 人骨の上に男が立って――否、浮かんで、いた。

 手の平を前に突き出し、反対の手は腰に当て、豪快な笑い声を上げる、半透明の男。


(変なの出てきたーっ!)


 何事だ。

 咄嗟に言葉の出ないリコリスと同じく、身構えるライカリスも体を強張らせている。


 背後の岩が透けて見える男は、全体的に青白く光っており、本来の色彩は分からない。

 こんな存在を、リコリスはゲームの中で数回、目にしたことがある。


 ――幽霊だ。


 だが。

 だがしかし。


(こんなテンション高い幽霊ってアリ?!)


 怖い。幽霊が怖いというより、このテンションが怖い。

 絶句する2人にその幽霊男は何を勘違いしたのか、さらっと前髪を掻き上げ、悩ましげにため息をついた。


「あぁ……っ、僕の美しさに声も出ないのだね? 無理もない……」


 大幅に違います。


 心の中だけでツッコミを入れ、リコリスは気がついた。

 この幽霊はどう考えてもこの骨の中身だろうが、こうして目の前に現れる切欠を作ったのは、恐らく骨が握り締めている――。


「やっぱり、御霊石」


 白く輝いている石を見て、リコリスは呟く。この幽霊が飛び出してくる前まではその辺りの石とそう変わらない光量だったそれは、今は眩しいとは言わないが、輝きを増している。

 その呟きに、自己陶酔していた幽霊は「うん?」と顔を上げた。


「ああ、そうだよ。美しい石だよねぇ。――ふふ、知っているかい? この石には死者の魂が宿ると言われているんだよ」


 うっとりと微笑みながら、幽霊は石を見つめた。

 そうして笑みを刷いた唇が、……微笑の形のまま、自らの死に様を語る。


「幸運の女神が僕に祝福のキスをくれたとしか思えないよね。ここにはこんなにたくさんの御霊石がある。死の間際、この石の言い伝えを思い出した僕は、咄嗟にこの石を握り締めたのさ。素晴らしい判断だろう?」


 幸運の女神に祝福されてたら死なないだろうよ。

 そうは思えども、リコリスは懸命に賢明に口を閉ざす。


 ともかく、男――カリステモンの試みは成功し、今に至るらしい。

 幽霊は聞かれてもいないのに、次から次へと言葉を溢れさせる。


「いやぁ、いつか誰かに見つけてもらえたらと思ってね。頑張ってみたんだよねぇ。そうしたら、とりあえず体が朽ちていくのはゆっくりにできたんだけどね? でも止めることはできなくて僕の芸術のような体が次第に……だから、もういっそ肉体は諦めて、骨になった方がいいんじゃないかと思って、そっちに集中してみたら上手くいったんだよ。ほら、骨と荷物は綺麗に残っているだろう? そしてこうして、君たちに見つけてもらえた! さすが僕!」


 要約:腐っていく肉は諦めて、骨と荷物だけ残るように頑張ってみたよ。


 ……だろうか。

 とりあえず55年前の死体が綺麗に残っていた理由は分かった。つまりこの幽霊の執念だ。

 謎が解けたところで、リコリスはそっと目の前の背中をつつく。


「……逃げない?」

「……賛成です」


 ごくごく小さな声での提案は、あっさりと受け入れられた。

 じり、とライカリスが動くタイミングを窺うが、肝心の逃走に入る前に、カリステモンがぐりんと2人に顔を向ける。

 これには2人揃って肩が跳ねた。

 挙動がいちいち大げさで不気味な幽霊だ。


「ところで、美しいお嬢さん」


 満面の笑みがリコリスを捉えると、ライカリスが警戒を強め殺気すら放つが、カリステモンはそれをものともしない。

 当然といえば当然だ。死んでいるのだから、殺気を向けられても痛くも痒くもないのだろう。


「僕の声に応えてくれたのは貴女だね?」


 にっこにっこと嬉しくて仕方ないと、その笑顔が語る。

 リコリスとしては激しく後悔しているが、お構いなしのようだ。


「これは僕の勘なのだけどね。貴女はもしかして、牧場主さんかな?」

「……」


 その笑顔に気圧されたリコリスが渋々頷けば、カリステモンは更に嬉しそうに大仰に天を仰いだ。


「ああっ! 運命の女神よ感謝します! ――こうして貴女に出会えたことは、僕の人生で2番目幸運なことだよ、レディ!」


 いや、人生って。もう終わってるだろうに。


「僕はね、貴女のような人をずっと待っていたんだ、美しい牧場主さん! 貴女ならきっと……」


 幸せそうに目を細め、カリステモンはリコリスの方へ飛んでくる。

 ライカリスの殺気はもうそれだけで軽く数人殺せそうなほどだったが、……残念ながらやはり効果なしだ。

 カリステモンはライカリスを避けて、リコリスの傍らに膝をつき、祈りの形に指を組む。

 そして引き気味なリコリスを熱っぽく見つめ、



「どうか、お願いします。貴女に、咲かせてほしい花があるのです」



 ――そう、懇願した。

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