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第23話 蝙蝠も食わない

「ライカ。ラーイカ。ライカさーん」

「……」


 うろうろ、くるくると、リコリスはライカリスの周囲を衛星の如く回っている。

 対して、肝心のライカリスは、つーんと顔を背けたまま、彼女と視線を合わせようともしなかった。

 この男が、こんなにも分かりやすい態度をとるとは珍しい。

 笑ってはいけないと思いつつも、笑いがこみ上げてくる。


(いやー、もう。可愛い反応してくれちゃって……)


 今2人がいるのは、牧場と町の間の、森の小道だ。

 ヒース親子と別れ、脹れてしまった相棒を、リコリスはどうにかここまで引っ張ってきた。

 とりあえず人気のない場所まで来て、牧場に帰る前に、と足を止めたのだ。

 本当はこの後、町の医師ロークワットを訪ねるつもりだったのだが、この状況ではどちらを優先すべきか、考えるまでもない。


(あー、でもやっぱり、もう少し身長ほしかったなぁ)


 手を振り解いたり、置いていかれることがないだけマシかもしれない。

 だが、視線は合わず、当然しゃがんでなどくれないため、リコリスはなかなか攻略に難儀している。

 それでもめげすにライカリスの周りを動こうとして、リコリスは足元の小石に足を取られた。


「――とっ」


(え、こんなとこにこんな石あったっけ?)


 何故足を引っ掛ける今の今まで気がつかなかったと思うような、拳大の石だった。

 というか、絶対なかったはずだ。こんなもの。

 僅かにバランスを崩し、強く大地を踏みしめたリコリスの腕を、横合いから伸びた腕が掴んだ。


「――何してるんですか」

「いや、ちょっと変なとこに石が……あ」


 多分に呆れを含んだ問いに何気なく答え、それがようやく聞けた声だと気づいてそちらを振り仰げば、先ほどあれだけ逸らされていた顔が近くにあった。

 真っ直ぐに顔を見つめられて、ライカリスの視線が気まずげに泳ぐが、構うものか。

 リコリスはくるりと体を反転させ、ライカリスの体に身を寄せる。


「え、リコさんっ?」


 慌てた声は無視。

 正面から腰に腕を回し、ぴったりと上半身を密着させると、リコリスは顔を上向けた。

 お互いの顔が更に近くなり、ライカリスの顔が歪む。焦りだとか、照れだとか、その他諸々混ざり合って、何とも複雑な表情である。


「な、何を」

「ごめんね?」


 苦し紛れに窘めようとする声も更に無視して遮って、じっと視線を重ねたまま謝罪を口にした。

 途端、ライカリスは言葉をなくし情けなく眉尻を下げてから、何やら口の中だけでもごもご言ったが、結局それは、この世界に来てから何度か言われた言葉に集約される。


「……ずるい」


 リコリスはそれを聞いて苦笑した。

 何だこの可愛い生き物、という思いを、ライカリスの胸にぐりぐりと頭を押し付けることで表現する。

 擽ったそうに身を捩られ、しがみつく手にぎゅっと力を込めた。


「リ、リコさん~……」


 この情けない声が、何ともはや。

 弱りきった様子にうっかり口元が笑みの形を作って、それに気がついたライカリスの肩が力なく落ちた。


「……意地悪です。私にばっかり……他の人には優しいくせに……」


 からかわれたことそれ自体より、ひとりだけその扱いという事実が気に入らなかったらしい。

 垣間見えた本音に、リコリスは首を傾げた。


「意地悪じゃないよ? さっきのも、今も。何ていうか、こう……ライカ見てると居ても立ってもいられなくなって」


 分かるだろうか。この筆舌に尽くしがたい衝動。

 この衝動がどこからくるものなのかは、リコリス当人ですら理解できないが、とにかく力いっぱい可愛がりたくなるのだ。――今も。

 その方法が多少屈折しているかもしれないが、そこは愛情表現なのだと言い張るとして。


「他の人と同じになんてできないなぁ」


 しみじみと、心からの言葉が零れる。


「ライカだけだよ。――でも、嫌ならこれからもっと優しくするから……許して?」


 もっともっと甘やかしてもいい。ライカリスが望むなら。

 ……まぁ、多少はいじめてしまうだろうけれども。

 瞳を覗き込んで告げれば、じわじわと目の前の顔に赤みが差していく。元々が色白だから分かりやすい。

 リコリスは片手を伸ばして、ライカリスの顔にかかった前髪を軽く払い、染まった頬を撫でた。


「――っ」

「ん?」


 ぱくぱくと何度か口を開閉させるのを、リコリスは静かに待つ。

 これだけでも可愛くて仕方がないのだが、我慢。我慢だ。

 必死に言葉を探していたライカリスは、しばらくして空気が抜けたように脱力し、項垂れた。


「……………………すみませんでした……」


 今のままでいいです、と覇気のない声が告げる。


「何で謝るの」


 窺うように見つめると、ライカリスは頬に添えていたリコリスの手を握り、指先に口を触れた。

 そのまましばし瞑目し、それからため息をついてその手を開放すると、両腕をリコリスの背に回す。

 すっぽりと腕の中に閉じ込められ、もう一度大きなため息が肩口に落ちた。


「ライカ?」

「――すみません。私……我侭になってますよね。自分でも分かっているのに……もう、どうしたらいいのか……嫌われたく、ないのに……」

「へ?」


 一瞬何を言われたのか分からず、気の抜けた声がリコリスの唇を抜けた。

 内容を反芻して、ライカリスが何を落ち込んでいるのか理解すると、リコリスはあることに思い至る。


(ああ、そっか。私、嬉しかったのか)


 ライカリスが拗ねただけで、何故ここまでテンションが上がるのか自分でもさっぱりだったのだが、ようやく腑に落ちた。

 この男がこうして、こんなにも露骨な、子どものような自己主張をしてきたのが、意外で、そしてとても嬉しかったのだ。

 何しろ、普段からライカリスがリコリスに望むことといえば、ただ隣に居てほしい、とそればかり。

 たまに強引な手段に出たと思ったら、こちらを試すようなことをする、性格の捩れよう。

 だから、今回のようなストレートな主張は、信頼されていると感じさせてくれて、どうしようもなく心が躍る。


 そうかそうかと納得して、すっきりしたリコリスはライカリスの髪を梳いた。

 ぎくりと体を強張らせるのを、ゆっくりと背を撫でて宥める。


「可愛い我侭くらいいくらでも、って前にも言ったでしょ。何でそれで嫌われるとか思っちゃうかな」

「……っ」


 返事はなく、ただ首が振られた。

 さらさらと揺れる長い髪を指に絡めて、リコリスは言葉を重ねる。


「もっと、他にも望んでくれていいんだよ? 優しくしてほしいなら優しくするし、いくらでも甘えてくれていいのに」

「……」

「ライカ?」

「……――です」

「え?」


 上手く聞き取れなかった。

 聞き返そうとして身じろいだ時、ばっと体が離された。


「駄目です! 駄目なんですっ、だって――私があの時……っ」

「あの時……?」


 暗褐色の瞳が翳り、ライカリスの顔が苦しげに歪む。

 肩を掴む手が小刻みに震え、顔が俯けられると、前髪に隠れてその表情が見えなくなった。


(……ライカがこんな風に情緒不安定になるのは……2年前の異変関係、かな)


 無理に聞き出すのも気が咎めて、リコリスは大きく息をついた。


(せっかく少し歩み寄れたと思ったのに……)


 結局、リコリスの知らない時間が邪魔をする。

 そんなことを思って、それで浮き彫りになるのは、いつもは故意に意識しないようにしている罪悪感だ。

 落胆するのは、あまりにも身勝手。

 心を抑え込んで、リコリスは震えるライカリスの頭を、胸に抱きこんだ。


「ここにいるよ。どこにも行かないから、そんな顔しない」

「――リコ、……リコ……」


 しがみつかれて、背骨が軋む。

 若干呼吸に苦労しながら、さて、どうしよう、とリコリスが空を仰いだ時、腰で何か動く気配がした。

 この位置で動くモノといえば――。

 そっと手をそちらにもっていけば、予想通り蝙蝠が動いて……というより暴れている。


(……?)


 何事かを懸命に訴えるようにしばらくもぞもぞしていた鞄は、主人に何も伝わっていないと悟ったのか、しばらくして大人しくなった。

 その代わり、ぺっとリコリスの手に何かを吐き出す。

 ころん、と手の中に転がったそれを見える位置まで持ち上げて、彼女はきょとんとした。

 可愛らしい桜色の包装紙に丸い物が包まれ、両端を捻ってある。誰が見ても分かる。キャンディーだ。

 王都の有名菓子店『ベルフラウ』のロゴが、真ん中に描かれたそれは、リコリスもしっかりと覚えていた。


(おおっ、ライカの好物……! ナイスだ蝙蝠様、マジ救世主!)


 ゲーム中、対ライカリス用のプレゼントとして、何度となくお世話になったアイテムだ。

 本気で感激させられる。もう様付けするしかない。蝙蝠様万歳。

 リコリスはいそいそと包装を広げて、中に納まっていた飴玉を摘まみ出した。苺飴だった。


「ライカ、ちょっとこっち見て。お願い」


 声をかけると、のろのろとライカリスがリコリスの胸元から顔を上げる。


「リコ……?」

「ほい」


 不安そうに名を呟いた口に、飴玉を投げ込む。

 そのまま口元に指先を当てて様子を見ると、怪訝そうだった表情がゆっくりと、本当にゆっくりとだが緩んでいった。


「蝙蝠様が出してくれたよ。ライカ、これ好きだよね」

「様……? あ、えぇと、はい。……美味しいです」


 もごもごする口を見て、ほっとする。

 今回は、泣き出す前に落ち着かせることができた。……リコリスの手柄ではないにせよ。


「甘いもの、結構好きだよね。今度ブルーベリーのパイでも作ろうか。普通にケーキとかの方がいい?」

「……お任せ、します。あなたの作ってくれるものなら、何でも」

「そう? まぁ、それは近いうちに。――今日はもう帰ろ」


 するりと腕を抜け出して、怯えを見せた手に、リコリスは自身の指を絡める。

 引けば抵抗なく引き寄せられるので、一度微笑みかけてから、彼女は歩き出した。


「今日、皆で温泉でも行こっか。水着着用で」

「………………皆で?」


 気負いなく話しかけると、微妙な沈黙の後に低い声が返ってきた。


「そう。皆で」

「……見張り番はしますから、女性だけでお願いします」


 ぴしゃりと言われて、リコリスは笑った。断られるのは分かっていたから。それは別にいい。

 ただ――。

 何事もなかったかのように笑いながら、リコリスは微かに顔を曇らせる。

 だが、手を引かれ半歩後ろを歩くライカリスがそのことに気づくことはなかった。


 ところで、気がつかないといえばもうひとつ。

 リコリスの腰で、蝙蝠が何やら不穏に顔を歪めまくっていたことも――……。

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