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第21話 そろそろ首が痛い

 昼食の後、リコリスはライカリスと共に町外れの広場に立っていた。正確にはその跡地に。

 この世界に来た初日、子どもたちが遊んでいないことを気にしたあの空き地だ。

 そして圧倒的な暴力によって破壊された場所でもある。

 土地を囲んでいた木の冊は跡形もなく、更にその向こうにあった物置小屋も、本来ならばこの時期青々と枝葉を広げ、涼しげな木陰を提供してくれているはずの木々も、上半分を吹き飛ばされ無残な姿を晒している。

 空き地の地面は抉れ、憩いの場の面影をなくした場所には、男の死体は残ってはいない。当然といえば当然だが。


「おう、リコリス。もう大丈夫なのかい?」


 不意に横合いから太い声をかけられ、リコリスは視線を広場からそちらへ移した。

 折れた木の陰に、袖のない白いシャツを着て、浅黒い肌に汗を浮かべる中年の男が立っている。

 大柄な部類に入る弟子たちを、更に一回り、二回りと大きくして、更に鍛え抜いたらこんな感じであろうか。

 太い首の上に乗る顔は厳めしく、いかにも気難しい職人という雰囲気がある。


「サイプレスさん」


 弟子たちの育成依頼をした大工、サイプレスその人だった。

 リコリスを気遣う言葉に、彼女は微笑みで応える。


「はい。その節はご迷惑を……あてっ」


 頭を下げかけたリコリスの額を、太い指が突いた。わりと痛い。

 つつかれた場所を押さえてサイプレスを見上げれば、細い目がじっと彼女を見下ろした。

 太い眉がしっかりと顰められている。


「迷惑を、じゃなくて心配を、だろうが。3日も眠りほうけやがって」

「す、すみません」


 まさに立ちはだかる壁という大男に睥睨され、小柄なリコリスは少し首を竦めた。

 なんだか、祖父に叱られている気分になってくる。

 本当の父は線の細い大人しい人で叱られた記憶もないのだが、父方の祖父は大柄で厳格で、サイプレスに似ている気がした。

 尤も、こちらの方が圧倒的に若いのだが。


「ご心配おかけして、すみません。もう大丈夫です」

「おう。でも無理はするんじゃねぇぞ」


 指摘された箇所を言い直したリコリスの頭を、サイプレスの大きな手が掴み、わしわしと掻き混ぜた。

 撫でてくれようとしたのかもしれないが、勢いがありすぎて首どころか上半身までぐいんぐいんと振り回される。

 そうしながら、サイプレスは視線をその後ろに向けた。

 いつも通りリコリスの斜め後ろに黙って立っていたライカリスが、その視線を受け止める。


「しっかり見てろよ」

「ええ」


 元々口数の多い方でないサイプレスと、人前では口数の減るライカリスのやり取りは短い。

 だが、ライカリスの声には特に棘はなく、素直に忠告を受け取っているようだった。

 ……が、それよりも。


(いつまで回されるんだ、これ……)


 酔う。もしくは首の骨がぽっきりいく。

 放っておいたら待ち受けているであろう様々な悲劇を思い浮かべ、リコリスは遠慮がちに声を上げた。


「あの……そろそろ目が回りそうなんですが……」

「おっと、悪いな」


 ぱっと頭が解放され、リコリスはふらつく体を一旦背後に預けた。

 自然と背を支えてくれる手に息をついてから、改めて目の前の大きな壁を見上げる。


「チェスナットたちのことも、すみません。こちらからお願いしたのに、延期になってしまって」


 弟子3人のことを思い浮かべながら、リコリスは頭を下げた。

 すぐにでも修行を始めてくれると、快く引き受けてもらったのに、リコリスが倒れたためにそれは延び延びになっている。

 その謝罪に、サイプレスは軽く首を振った。


「それはいいんだが。まぁ、リコリスが元気になったんなら、そろそろ引っ張り出すか」

「はい。お願いします」

「じゃあ、明日からだな。伝えておいてくれ」


 その言葉にリコリスは頷いた。

 とりあえず、これで今日の用事のひとつが片付いたことになるが、まだまだやることはたくさんある。

 リコリスは空き地の脇に使い込まれたリヤカーが停めてあるのを確認し、空き地の方を指差した。


「サイプレスさんは、今日はここを?」

「ああ、後片付けだ。後で他の連中も来るが、俺は一足先にな」


 いいタイミングだったらしい。

 サイプレスは大工なので、きっと柵や小屋を直すことも考えて、早めに来たのだろう。

 リヤカーには、木の板と、鋸などの工具が積まれているのが見えた。


「手伝いたいんですけど、私じゃ邪魔になりそうなので」


 頬を掻きながら、リコリスは苦笑する。

 どれだけレベルが高かろうが、こういった肉体労働にはリコリス本体は役立たずだ。

 前衛職や、あるいは立派な体格をもっていたら違ったかもしれないが。

 だから、と彼女は瓦礫のない開けた場所を見つめた。


【戦闘妖精ルーク10体同時召喚】


 スキルを発動――させようとして、そこで耳障りな電子音がした。

 ブブーというそれは、ゲームではよく聞かれた音で、スキルの発動失敗や、前提条件を満たさない場合に鳴らされた。


「……う」


 耳元でブザーを鳴らされたようで、リコリスは僅かに顔を顰める。

 耳に手を当てながら隣の2人を確認するが、揃って不思議そうな顔をしていて、どうやら聞こえなかったらしいと判断した。

 彼女は内心で首を傾げる。


(私のスキル失敗っていうと――ああ、そうか)


 原因を考え、思い至る。

 若干半信半疑ながら、もう一度、と意識を集中させた。


【戦闘妖精ルーク召喚】


 何度も経験した、魔法発動の気配を感じ取って、リコリスはほっと――、


(……ん?!)


 ――できなかった。

 目の前に現れた花が、異常に大きかったからだ。直径が2メートルはある。

 今まで妖精を呼んだときにはせいぜい50センチくらいだったはずで、現れた妖精たちはいずれも人間サイズだった、が。

 ぶわりと大きく開いた花の上、立ち上がったのは。



(でででで、でっけええええええっ!!)



 思わず言葉を失うほどに巨大な妖精だった。

 顔はそれなりに美しいが、軽く3メートル弱はある身長と、サイプレス並みの筋肉が存在を主張する、大女である。


 妖精師(フェアリーマスター)の使役する妖精は皆、役割ごとに見た目や能力に特徴がある。

 ナイトやポーンは前衛火力、ビショップは回復というように。

 今召喚したルークは、戦闘では敵からの攻撃を受け止め、後衛の壁になるのが役目だった。

 よくよく思い出してみれば、確かにゲームでも大きく力強さがあり、だからこの場の手伝いにと思って喚び出したのだが、いざ目の前にすると尋常でない迫力だった。

 先ほどの召喚が失敗したのも頷ける。

 妖精の召喚にはその大きさと数の分だけ、障害物のない空間が必要で、それがないとスキルは発動できない。

 そして、どう考えても、コレを10人も召喚するスペースなどない。


「……でかいな」


 自分より大きい相手など滅多にいないであろうサイプレスが呟いた。そこには感嘆の響きがある。

 内心で激しく同意しつつも、リコリスは驚きを押し隠して、軽く相槌を打った。


「そうですねぇ。――ルーク、ここの片付けの手伝いお願いしていい?」


 自分で手伝わず、妖精の手を借りるばかりなのは正直本当に心苦しいが、妖精師はそういう職業(クラス)なのだから仕方がない。

 本体のステータスは一部を除き著しく低く設定されており、実際そのものとして動いてみても、身体能力が優れているとは感じられなかった。


 リコリスの頼みに、ルークはにっこりと笑みを浮かべ頷いた。

 あと何人か喚んではどうかと声なき声で伝えてくるので、リコリスは移動したり、させたりしながら場所を確保し、5人のルークを喚び出した。

 召喚し終わって見渡せば、作業の邪魔にならない程度の数とはいえ圧巻である。


「こりゃ助かるな。ありがとうよ、リコリス」

「いえ。会話はできませんが、言葉は通じますので」

「おう。――あー、ルークだったか。よろしく頼むぜ」


 こっくり、と。

 サイプレスの言葉に動きを揃えて頷く様は意外にも可愛らしく見えた。……サイズさえなければ。

 ともかく、ここは任せてもよさそうなので、リコリスは妖精たちと意思の疎通を図ろうとしているサイプレスに声をかける。


「じゃあ、私はちょっと町の人たちの様子を見てくるので」

「ああ、皆もう大体落ち着いてるがな。ヒースが会いたがってたぞ」


 真っ青な顔で震えていた少年が頭をよぎる。

 本人は殺されかけ、彼の父親は大怪我をしていた。心の傷になっていないだろうか。

 午前中サマンに聞いた話でも、サイプレスの言う通り、町は落ち着いているということだったが。

 リコリスの暗くなった表情を見て、サイプレスがその背を軽く叩く。


「そんな顔すんな。大丈夫だ。会ってみりゃ分かるから。――そら、もう行け。町の連中が来たら放してもらえなくなるぞ」

「あ、はい」


 叩いた手がそのまま背を押す。

 促されるままに歩き始めて数歩、リコリスは振り返ってもう一度頭を下げた。

 サイプレスは既にこちらに背を向けていたが、彼女の動きが見えているかのように片手を上げて応えてみせた。


「行こう、ライカ」

「はい」


 歩みを再開する。

 ヒース少年の家はここからすぐ近くだから、サイプレスに言われたように住人に捕まる可能性は少ないはずだ。

 ところで会ってみたら分かるとは何だろうか。

 意味はよく分からないが、それでも力強く告げられた「大丈夫」の言葉がリコリスの心を少し軽くしてくれた。


 空き地との距離のおかげで破壊を免れた倉庫のひとつを過ぎ、分かれ道を右に折れると、そこから先は点々と一定の間隔をとって家が並んでいる。

 そのうちひとつが目的地だ。

 家と家の間には多くの樹木が植えられており、道の上に張り出した枝葉が地面に影を落としていた。

 木陰に入ると、今日は風があることもあって、とても涼しい。

 思わず息をつくと、隣から視線が降りてきた。


「大丈夫ですか? 暑いですから、あまり無理は」

「ん? 平気だよ。涼しいなって思っただけだから」


 そう言っても、ライカリスの瞳にある疑わしげな色は消えない。

 心配性……とは、倒れたリコリスには言えないので、ただ明るく笑ってみせる。


「夏は好きだからホントに平気。むしろ冬になったら心配して」

「ああ……寒いの苦手でしたね」

「うん。無理」


 そうなのだ。リコリスは元々の世界でも冬が大の苦手だった。

 寒いのが大嫌いなのだ。部屋どころか、布団からも出なくないと思うほどに。

 冬が来るたびに熊になりたいと、何度思ったことか。

 反対に、夏は得意である。

 暑さにも湿気にも強かったので、空調などに頼らずとも熱中症とは縁のない生活をしてきた。

 それは元々の体のことで、この体に当て嵌まるとは限らないのだが、それでもこの温度でも辛いとは思わないのだから、きっと大差ないのだろう。

 だから暑くはあっても、今はわりと幸せだ。


(……でも、そっか。冬か)


 あることを思い出して、リコリスは憂鬱になる。

 ヴェルデドラードは、よほど北や南でない限り四季があり、1年が12ヶ月で、1日は24時間。きっちりと決まっている。

 ここまでは細かい差を考えなければ元いた場所と大体同じなのだが、大きく違うのは、そのひと月が90日あり、1年が1080日あることだった。

 つまり、冬が270日、リコリスの基準で考えれば9ヶ月も続くことになる。


「死ぬかもしれない……」


 ぼそりと漏らした声に、ライカリスが苦笑する。


「温めてあげますから、死なないでくださいね」

「それ言われると、多分私、引っ付いて離れなくなるよ」

「いくらでもどうぞ?」


 くすくすと笑いうライカリスに、リコリスは肩を竦めた。

 冷え切った手を首にヒヤリとかやったら、少しは慌てるだろうか。

 そんなことを考えながらも足を動かし、何件かの家を通り過ぎてから、リコリスは立ち止まる。

 その、見た目は他の家とほとんど同じの木造の2階建てが、ヒースの家だった。


 ひとまずノックを、と手を伸ばし、例によってその手は空を切った。後ろに引き寄せられたからだ。


(って、またかーいっ)


 思わずつっこんだリコリスを誰が責められるだろう。

 間を置かず、扉が内側から大きく開かれるのを、彼女は「ああ、デジャヴ」と思いつつ眺めたのだった。

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