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第19話 不穏な手紙?

犬に対するあんまりな扱いが出てきますが、あくまでもウィード犬に対するものです。

本物の犬には絶対にあり得ません。ご了承くださいませ。

「キノコ、キノコ~」


 リコリスはご機嫌に周囲を見回した。


 ウィードが転がされていた小屋は町の西の外れにあり、その背後は森になっていて、ゲーム中では木の実やキノコが豊富に採取できた。

 リコリスはキノコについては特に詳しくないが、視線を合わせれば情報が出てくるのでうっかり毒キノコを食べてしまう心配もない。

 ちなみに毒キノコは『料理』には使えないが、『錬金』の材料になる。

 サマンと別れたリコリスたちは、せっかく西の森まで来たのだからと、食材を採取しつつ森を通って牧場に帰ることにしたのだった。


「お昼ご飯までに帰れそうだね」

「そうですね」

「今日は何を作ろうかな。キノコがたくさん採れたらスープにしようか。あと、何かもう1品は……」

「あ、オクラが食べたいです。冷蔵庫にありましたよね」


 ダメですか? とライカリスが期待に満ちた目で問いかけて、リコリスは微笑む。


「いいよ。サラダがいいかな。それとも肉巻きとか」

「オクラの肉巻きですか。食べてみたいです」

「じゃあ、今日はそれで」


 のほほんと本日の昼食を決めたリコリスの手に、ウィードの姿はない。森に入ってからすぐ、ライカリスの手に移ったのだ。

 リコリスよりもよほど遠慮のない扱いをするライカリスに、既にウィードは唸る気力すらなくしたようで、だらりと尻尾を垂らしてぶら提げられている。

 死んだ魚のような目が、暢気な会話とは対照的だった。


「コレの分も、用意しないといけないんですよねぇ」


 面倒くさそうに、ライカリスがウィードを示す。


「まぁ、犬だからねぇ。別に用意しないとダメだろうね」


 リコリスはじっとウィード見つめ、この犬の簡易情報を表示させた。

 どうやらこの情報表示もメニューと同じように他人には見えず、またNPCだった人間にはそれを表示させる術がない、あるいは知らないのではないか。

 他にプレイヤーがいないので確かめることはできないが、おそらくはそういうことだろうとリコリスは考えている。

 ライカリスも、ウィードも、弟子たちも、他者のレベルを見て判断することをしていなかったからだ。

 そうでなければ、レベル1000のリコリスやライカリスがそうそう喧嘩を売られるはずがない。


 ともかく、リコリスが確認したウィードの情報にはレベル表示がなくなっていた。レベル表示がないということは、職業(クラス)も外されているということだ。

 そしてゲーム中でもこの世界に来てからも、名前の左側に性質や種族などを示すマークがついており、リコリスならばプレイヤーの証である四つ葉、ライカリスのような戦闘NPCは剣、非戦闘NPCにはペンと、一目で確認できるようになっている。

 人間だった時には剣のマークだったウィードだが、今は犬のマークに変わっている。

 これはゲーム中よく町をうろうろしていた猫などの動物NPCや、牧場の鶏や牛などの家畜と同じ、つまり、ただの犬なのだ。

 ただひとつ普通と違うのは、状態異常に『妖精王(フェアリーロード)の呪い』とあることだが、それ以外は本当に完全な犬なので、相応の扱いをしなければならないだろう。


「えーと気をつけるのは、玉葱、骨、乳製品。あと塩分、糖分」

「完全に犬扱いですね。ていうか、これ本当に犬なんですか?」

「意識が人間なとこ以外はねー。……あ、ヤマグワ」


 リコリスは頭上に黒紫の実を見つけ、手を伸ばす。


「……くっ」

「はいはい」


 手を伸ばした形で固まったリコリスに、ライカリスが苦笑してヤマグワの実をちぎる。

 それを手の中に落とされ、リコリスは不満げにその実を見た。


(もう少し背ぇ高く作ればよかった……)


 最初のキャラメイクで、元々の身長と同じくらいの150センチで作ったのだ。

 背が高い方ではなかったので、もっと身長があればと思うことは多々あったが、キャラクター作成時はその願望を反映させることまで考えが至らず、自分と揃えてしまった。

 今思えば、何故もっと身長を伸ばさなかったのかと歯噛みする思いである。

 ライカリスと並ぶと彼の肩にギリギリで届かないくらいで、リコリスは隣を睨むように見上げる。


「……ライカ、身長どれくらい?」

「さぁ、成長が止まってから測ったことがないので」

「180はあるよね?」

「ええ、それは確実に。まだ実家にいた時に181はありましたから。――身長気にしてるんですか?」


 心底不思議そうにライカリスが首を傾げ、不意にリコリスの腰に手を回して引き寄せると、リコリスの頭が彼の胸に当たり、体はすっぽりと腕の中に納まった。


「ちょうどいいサイズですよ?」

「いや、判断基準がよく分からないんだけど……」


 されるがままになりながらも、リコリスは虚しいため息をつく。


「高いところに手が届くだけでも、私としては相当羨ましいのに」

「私がいるんだから、別にいいじゃないですか」

「そうなんだけどさ。――お、タマゴタケ発見」


 ライカリスの腕から抜け出すと、リコリスは前方の木の根元に生えていたキノコを拾い上げた。

 このゲームでは、実りは季節のみが影響し、例えばこの種類の木の根元にこの種類のキノコが……というようなことは全くない。

 ただ、夏になれば、夏のキノコが森の中に生え、夏の木の実が枝の先になる仕様だった。

 何個目かのタマゴタケを発見し、リコリスはそれを蝙蝠の口の中に放り込む。

 9人分のスープになるのだから、もう少し採っておきたい、とリコリスが特徴のある赤い傘を探していると、彼女の背後で小さく何かの悲鳴が聞こえた。


「ライカ?」


 驚いて振り返ったリコリスの視線の先、ライカリスは短剣についた血糊を払っているところだった。その足元に横たわるのは、ゲーム中何度も見かけた、野鳥マッシュルームバード。

 モンスター扱いではなく、そして飛べないのでよく狩りをしていると目の前を歩いて横切っていた、あの鳥だ。全体的に白い体は丸々としており、羽には茶色の斑点がある。

 今はその白い羽毛が、首から胸元にかけて赤く染まっていた。


「肉が目の前を通ったので」

「……肉て」


 血を拭った短剣を、慣れた動作で腰のホルダーに戻して、ライカリスはマッシュルームバードを掴み上げた。

 右手に犬、左手に鳥が、だらりと垂れ下がる。否、右手の犬は生きているのだが。


「それ、蝙蝠食べてくれるかな」


 通常アイテムからクエストアイテムまで何でも保存できるプレイヤーの鞄だが、この出来立てほやほやの死体はどうなのだろう。

 クエストアイテムの中には死体どころか、骨や得体の知れないものも数多くあったから、大丈夫だとは思うが。

 リコリスがそっと伺うと、蝙蝠は躊躇いなく口を開け、「ヘイ、カモン」と言わんばかりに、口をパクパクさせた。


「いいってさ」

「ああ、助かります。牧場に戻ったら、捌きますから」

「じゃあ、そろそろ戻ろうか。多分途中でタマゴタケも採れるだろうし」

「はい」


 遠回りはしたが、小屋からはそれなりに歩いていたので、牧場はもうすぐのはずだった。

 予想通りにいくつかのタマゴタケを見つけては拾いつつ、特に寄り道もトラブルもなく進み、散策することしばし。

 小川のせせらぎが聞こえてくると、それからすぐ、開けた視界に畑が広がった。

 川幅は大体2メートルくらいだろうか。その向こう岸から先がリコリスの牧場だった。


「飛び越えますよ」

「え? ――わ」


 リコリスの返事は待たず、彼女と犬を両脇に抱えて、ライカリスは小川を飛び越えた。

 ライカリスのサポートはいつも隙がなく、些か唐突だ。一声はかけてくれるが、その一声が行動開始とほぼ同時なのである。

 助けられるばかりで、そしてとても感謝しながらも、リコリスはそっと覚悟した。


(いつか舌噛むな、これ)


 地面に降ろされ、リコリスは位置を確認する。どうやら牧場の南端に近く、思いのほか大回りしたらしい。

 ライカリスと並んで自宅の方へ歩いていくと、何やら人間も妖精も全員が集まっていて、リコリスは首を傾げる。


「何やってるの?」


 背後から声をかけた形になって、その場の全員が目を丸くして振り返った。


「あ、ご主人さまだぁ」


 嬉しそうな妖精たちに、リコリスは「ただいま」と微笑みかける。


「師匠、どこから帰ってきたんスか」

「森経由で南の方から。キノコとかいっぱい採ってきたよ。で、何かあった?」


 採集と聞いて納得したらしい面々に、改めて問う。と、ペオニアが上を指差した。


「お客様ですわ」

「え、上に?」


 視線を上向ければ、ばさりと大きな羽ばたきがして屋根の縁に降り立つ大きな影があった。


「鷹っ?」

「あれは……」


 鋭い金色の目が、見上げる人間たちを睥睨する。

 思わぬお客にリコリスが口を開けると、隣にいたライカリスが声を上げ、同時に鷹が彼を見た。

 鷹は明らかにライカリスを見分けて、再び大きな翼を広げると、彼に向かってふわりと滑空する。


「おっと」


 羽ばたきひとつした鷹が、慣れた様子で差し出されたライカリスの腕に落ち着いた。

 危なげなく腕に猛禽類を止めたライカリスに、アイリスが恐る恐る訊ねる。


「あの、痛くありませんか? 腕……」


 その疑問は当然だ。普通鷹を腕に止めるとなれば、皮膚を保護するための手甲が必要になる。

 だがライカリスは薄手のシャツ1枚で、平然としているのだ。


「特には」


 答えも非常に簡潔で、全く痛みを感じていないのは明らかだった。

 これも防御力が関係しているのだろうか、とリコリスはなんとなく考えたが、本人が痛くないと言っているのなら、何か言う必要もない。

 他人のステータスが確認できない彼らからすれば、妙な光景ではあるだろうが。


 ライカリスの腕に止まった鷹はざわつく周囲も意に介さず、彼に向けて片足を上げてみせた。紙が結ばれている。


「手紙?」

「はい。定期的にやりとりをしているんですが――」


 言いながら、ライカリスは反対の手に掴んでいたウィードを前方に放る。

 ここに辿り着くまでにどれだけ消耗したのか、ウィードは着地もそこそこに地面に崩れ落ちた。


「あら、リコリス様、このワンちゃんは?」


 真っ先にジェンシャンが進み出て、ウィードの前に膝をつく。

 疲労困憊の様子の犬を撫でる様子からは、手馴れた印象を受けた。

 鷹のインパクトにうっかりその存在を忘れていたリコリスは、問われて我に返る。


「あ、ああ、今日からここの番犬になるウィードだよ。えーと、頭は悪くないけど、躾とかさっぱりだから、噛まれたりしないように気をつけてね」

「まぁ」


 目を輝かせるジェンシャンは、犬好きなのだろう。気をつけろと言われたのに、ウィードを触る手には遠慮がない。

 ぐるる、とウィードが低く唸っても、笑顔のままだ。

 それどころか、がっと勢いよく鼻面を掴み、口が開けられないようにして、笑みを深くする。


「ダメよぉ? 唸ったらダ~メ」


 この若干間延びした口調が、ジェンシャンの本来の喋り方なのか、それとも対犬用なだけか。

 ウィードと視線を合わせ、唸るのをやめるまで鼻面を掴み続けた彼女は、とても楽しそうにリコリスを見上げた。


「リコリス様、この子のお世話係、どうぞ私にお命じくださいませ。しっかりと躾けて差し上げます」

「え、えー……じゃあ、お願いできる?」


 気迫に押されてリコリスが頷けば、輪をかけていい笑顔が返ってくる。


「はい! お任せください」


(…………これは犬好きっていうか)


 嬉しそうにウィードを抱きしめたジェンシャンを見ていて、リコリスはあることに気がついた。

 犬だ犬だとウィードを囲む人間や妖精たちの中でも、ジェンシャンとウィロウの目だけが、他を違う気がするのだ。

 

(でも、まぁ、それならそれで)


 色々な意味で任せてしまえばいいのかもしれない。

 レベルもないただの犬だから、暴れたとしても犬程度。危ないのはペオニアと家妖精たちだが、そこはリコリスも見ているつもりであるし、弟子や護衛たちもいる。

 特にジェンシャンと、それからウィロウが、率先して見張ってくれるはずだ。


 やや楽観的に考えて、リコリスは隣を見た。

 相変わらず鷹を腕に乗せたライカリスが、何故かひどく不機嫌に届けられた手紙を読んでいて、こちらも気にかかるのだ。

 悪い報せだろうか。


「あの、ライカ……何かあった?」

「いえ」


 他人の手紙を盗み見るのは気が引けて、リコリスが顔色だけを伺えば、ライカリスは更に眉根を寄せて、挙句手紙をきつく握り潰した。


「え、いいの?」

「いいんです。………………あの馬鹿共……」

「……」


 最後にボソリと付け加えられた悪態が、彼らしくなくて怖い。殺気すら滲み出ていて余計に怖い。

 犬犬とはしゃいでいた面々もぎょっとこちらを振り返り、思わず一歩引いたリコリスを見て、ライカリスが「しまった」という顔をする。

 

「あ、す、すみません」

「いや……悪い報せとかじゃないなら」

「ええ、それは本当に大丈夫なんですが。えぇと――すみません、ちょっと返事書いてきます」

「え、ちょ」


 引き攣った笑顔のまま、ライカリスがそそくさと家に入っていく。

 リコリスは呆然とその背を見送った。こんな露骨な態度は初めてで、うっかり対応できなかったのだ。

 そんなリコリスと、今閉まったばかりの扉を交互に確認して、ペオニアたちも顔を見合わせる。

 家に入りづらくなってしまったので昼食を作ると逃げることもできず、絶妙に気まずい空気の中、リコリスは深く深くため息をついた。

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