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第14話 入り乱れ飛び交う疑問

「一体、あの棚はどうなっているんです?」


 オレンジブロッサムティーにゆっくり口をつけながら、ペオニアが問うた。

 その向こう側では、男たちがせっせとサンドイッチを口に詰め込んでいる。

 結構な量を作ったはずだが、既に半分ほど姿を消していた。そして男たちの頬はまん丸だ。ハムスターか。


「んー、どうって言われても見ての通り。最初っからあれだし……」


 訊かれても分からない。持ち主なのだから尋ねられるのは当たり前だが、最初見た時ショックを受けたのはリコリスとて同じなのだ。


「そのうち入って見学でもしてみるかなぁ」


 ポツリと呟けば、女たちの顔が強張り、ライカリスが半眼でリコリスを睨む。


「絶対に単独行動に走らないように」

「わたくしからもお願い致しますわ。戻ってこられなかったら大変なことですもの」

「リコリス様がお強いのは知っていますが、安易に未知の場所に踏み込むべきではないと思います」

「見るからに不穏な場所でしたからねぇ。入り口も高すぎて下の様子が伺えませんでしたし、確実に戻る手段を考えておきませんと」

「その前に落ちたら怪我では済みませんね、あの高さ……」


 口々に諭され、きわめつけは食べることに一生懸命だったはずの、弟子たちの言葉だ。


「ライカリスさんが祟りそうな顔で追いかけるんじゃないスか」

「で、とっ捕まって死ぬほど説教されて」

「その後は………………お仕置き……?」


(こいつらよく見てる……というかシャレにならんっ)


 関係をよく理解した上での発言だ。それが弟子たちから出てくるというのは正直予想外だったが。

 ライカリスが眉を跳ね上げたが、不機嫌そうでも否定しないところを見ると、彼もあり得ると思ったのか。

 リコリスも想像してみて……想像したことを後悔した。げんなりして首を振る。


「絶対やらない……」


 むしろ忘れたい。

 行くなら一緒に行けばいいだけのことだが、うっかり想像してしまった内容に精神を削られた。忘れたい。

 ペオニアやジニアなどは、何を思い浮かべたのか、青くなったり赤くなったりしている。……本当に何を想像したのだか。

 振り払うように今度は大きく首を振って、リコリスは牛乳を飲み干した。


「よし。忘れた」

「……無理がないですか、リコリス様」


 アイリスがつっこんできたがリコリスは聞こえないフリをした。


「とりあえず、棚のことは置いておこう。いや、ホントに本気で。それより明日からのことなんだけど」


 苦しい話題の逸らし方だと、リコリスとて自覚はある。だがもう、誰も指摘はしなかった。


「牧場って朝それなりに早いから、どうしようかと思って。ちなみに5時起きなんだけど」

「5時……」


 弟子たちの顔が微妙に暗くなる。

 正直なところ、明日も今朝と同じ時間に目覚めるのかリコリスにも疑問なのだが、今日作業をしてみた感じでは、やはり5時起きが妥当だろう。

 大体いつも決まった時間帯で水と肥料を与えなければならなかったゲームの仕様を、この世界の作物はきっちりと引き継いでいるようだった。


 ゲーム時間での朝夕6~7時に水と肥料を撒き、昼の1~3時の間にランダムで生えてくる雑草と抜く。朝5~6時、夜8~9時の各1時間で時折現れる害虫にも対処しなければならないのだ。

 動物たちにも1頭1頭愛情を注ぎ、花壇の花には水を遣り……とやることはたくさんある。

 特に妖精たちがオネムな早朝は忙しい。


 だが、ゲームの仕様に基づいているだけいいのだろうと、リコリスは思う。

 これで実際の牧場での仕事を、となっていたら、どう考えても対処できなかった。

 だから、まだマシなのだ。

 現れた害虫がゲームのままの、ぶよぶよ太った人面芋虫で、それを潰すと中からランダムで、カサカサと素早く動く黒いヤツが出てきたり出てこなかったりする仕様まで見事に引き継いでいたとしても、我慢……しよう。


(あれはホントに叫ぶかと思った……それでなくても芋虫の体液が……うぅ)


 ゲーム中で表現されなかったところは、実に自由に、ちょっと自重してほしいと思うほどに現実(リアル)だ。

 紫色の芋虫からドパッと体液が溢れ、その中から時々出てくる寄生ゴ――……リコリスとしても全力で遠慮したい。

 だが避けては通れなかった。ライカリスがいたからだ。

 ゲーム中では容赦なく害虫駆除をしていたのだから、躊躇えば怪しまれてしまう。


 リコリスが彼の『リコリス』とは少し違った存在なのだと、知られたくない。

 全力で隠し通すと決めてしまった。リコリスは嘘をついたのだ。

 もし事が露見すればどうなるだろう。

 ライカリスはどんな目でリコリスを見るだろう。


(こわい……)


 先ほどの想像など生易しい。想像できない絶望が恐ろしい。

 まだこの世界に来て、ライカリスに会って2日目だというのに、この有り様は何なのだろう。

 何故ここまで彼に――依存、を。


 ――ゲームで共有した時間があるから?

 確かにパートナーとなったNPCには執着も独占欲もあった。

 実在しないNPCを、正直自分でもどうかと思うほど気に入っていた自覚はある。


 ――異常な状況で、彼の涙を見、縋られたから?

 それは一種の吊り橋効果のような。


 それだけでここまで離れがたく感じるものだろうか。

 大袈裟な言い方をすれば、ライカリスがいなければ生きていけないと思い詰めてしまうような感情。

 それは本当に自分のものだろうか。――否、確かに己の感情であると強く感じ、理解できるから、なお一層分からなくなる。

 だが、その疑問以上に心に重いのは。


(私……私は、なんて自分本位な……)


 こんな曖昧で中途半端な存在が、自分の都合でライカリスを騙している。そしてそれをずっと続けるつもりでいる。


(でも、それをしてでも私は……ライカと一緒にいたい)


 だから、ずっとこの感情と罪悪感を抱いていくしかない。

 この想いがどこから来るものか分からなくても、ずっと――。




「――師匠?」

「ほぁっ?!」


 訝しげなチェスナットの声に、リコリスは我に返った。

 妙な声を出した彼女を、全員が心配そうに見つめている。

 ただ、ライカリスの顔は見ることができなかった。


「大丈夫ッスか? 突然黙り込んじまって」


 気遣わしげな声に、リコリスは首を振った。


「あ、ごめん。ちょっと頭の中で計画立てちゃってた」


 思考の渦は唐突だ。特にゲームの仕様とこの現実の世界との違いなどを考えていると、うっかりはまり込みやすい。

 慌てて誤魔化して、リコリスはなんでもないように笑ってみせた。


「えっとね、野郎どもは朝5時起床で牧場に来て。ペオニアたちは5時だとまだちょっと暗いし、距離も少しあるみたいだから、8時集合ね」

「野郎どもって……」


 ウィロウが呟いたがスルー。


「……5時って早いッスね」

「そうだね」


 微妙な表情でいるファーは、だから? と言わんばかりの笑顔で黙らせた。


『了解ッス、明日からよろしくお願いします』


 弟子たちは諦めの表情で頭を下げた。

 ボソボソと「遅刻したらすんません」とかなんとか聞こえてきたが、最初のうちと時々くらいは許してあげようとリコリスも思う。

 もちろん休みも何日かおきに差し挟むつもりでいた。


「わたくしたちは、そんなに遅くてよろしいんですの?」


 入れ替わるようにして尋ねてきたペオニアに、リコリスは頷く。

 最近はあまり治安がよくないというし、女性ばかりを薄暗い中歩かせるのは不安だ。

 ほとんどライカリスに追い出されたというが、またタチの悪い人種が町に入り込んでこないとも限らない。


「朝ごはん作るの手伝って。その後は、大工組と交代で牧場ね」


 夜も早めに帰した方がいいだろうな、とリコリスは考えつつ説明した。


「分かりましたわ。よろしくお願い致します」


 ペオニアが答え深々と礼をとると、アイリスたちもそれに倣った。


 では今日はこんなものだろうか。

 夕飯の時間までいてもらおうか、そういえばそろそろ雑草の時間だ。

 妖精たちと一緒に草むしりでもしようか。

 リコリスがそんなことを考えていると。


 のっしのっしと人間たちに忍び寄る影が、ひとつ。


「……あ」


 リコリスが声を上げ、皆がその方向に目を向けようとし――、




 もしゃり。




 それは、ファーが振り向き、後ろを確認する直前のあっけない出来事だった。

 彼は間に合わなかったのだ。



「ぎゃああああああああっ」



 野太い悲鳴が上がる。

 両手で頭を押さえる大柄な男の後ろ、白と黒の巨大生物――つまり牛が、口に茶色の塊を咥えていた。

 もっさもっさと咀嚼されているそれは、当然ながらファーの髪だった。


『うわぁ……』


 ライカリス以外の、全員の心がひとつになった。

 何故気がつかなかったのか。そして、何故またファーを狙う。

 1日の間に2回も髪を毟られるとは……気の毒すぎる。


「あー、えっと。私のサンドイッチあげるから……元気出して!」


 リコリスが涙目のファーの皿に手つかずだったサンドイッチを移せば、周囲もいそいそと残りの食料を皿の上に積んでいく。

 それを見てライカリスは肩を竦め、嫌そうなため息をついた。


「まったく……面倒ですが、後で短くなった箇所に揃えてあげますよ。触りたくないですし、本当に面倒ですが」


 やたらと面倒を強調した上に軽くひどいことを言ったものの、これはライカリスなりの同情だろうか。


(うーん、牛と相性悪いのかな? いやむしろ気に入られたってことかも)


 自棄食いを始めたファーを眺めながら、リコリスは不安と期待を半々で感じていた。

 そんな惨事のために、その場の空気が生温くなった時だった。




「――リコリスッ!!」




 悲鳴にも似た呼びかけは、危機を知らせるに十分な緊迫感を孕んで。

 驚き視線を向けた先にいたのは、髪を乱し、真っ青な顔をしたマザー・グレースだった。


「ま、町に妙な男がっ! け、怪我人っ……!」

「――っ!」


 息を切らせながらの言葉が終わる前に、爆発音が聞こえた。

 町の方からだった。

牛に髪云々は実話です。

むしろ食われました。

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