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第13話 罠を張る人、喧嘩を買う人

 後は若いお二人で! みたいなこの状況は何事だ。

 弟子たちの姿は既に遠く、今は牛と戯れているのが見える。


(あ、ファーってば、牛の前に膝なんかついたら……あーあーあー、毟られちゃったよ。ドンマイ髪の毛)


 悲痛な悲鳴が微かに聞こえ、それを見て笑い転げる妖精たちの声も遅れて届いた。

 平和だ。彼らも、現実逃避中のリコリスの思考も。


「えーと」


 別にここまで気まずくなるような流れではなかったはずなのに、声をかけづらいのは何故。皆の反応のせいか。

 ――否、きっと。


「ごめん、ライカ」

「え、何がですか?」


 ライカリスがきょとんとする。


「いや、その」


(あえて言うなら、私の空回りっぷりがゴメンナサイだけど)


 ライカリス相手だと、どうにも上手くいかない。弟子たちにやったように力押しで何とかできたらどんなにいいか。

 気負いすぎ? でも、どうしたらいいのか分からない。

 その感情を上手に言葉にできずに口を噤んだリコリスを、ライカリスが覗き込んだ。


「リコさん? あの」


 リコリスの表情を確認して、眉根を寄せる。


「――リコ。私はさっきの、嬉しかったですよ?」

「いや、そんな困った顔で言われても」

「いえ、本当に。本当に、とても嬉しかった。でも、あなたはそれでいいんですか?」

「質問の意味がさっぱり分からない」


 いいと言ったではないか。しかもかなりはっきりと。

 ライカリスがうーん、と唸って頬を掻く。


「あなたの生活空間に、そこまで私を入れてしまっていいのかと。随分簡単に決めてしまったように見えたので……。他人が常に同じ部屋で一緒に生活するというのは、慣れるまで結構大変ですよ?」

「引っ越してきてそれって、矛盾してない?」


 遠回しに同じ部屋なんて嫌だと言われているような。


「だから、最初に床でも外でも牛小屋でもって言ったでしょう? あなたの生活をできる限り尊重するための距離を保っておこうと思っていたんです。それなのに」


 ライカリスがため息混じりに首を振る。


「私は、あなたと一緒にいたい。隣に置いてもらえるだけ、それでいいとか、そんなことを言っていても、結局は……。あなたがそれを許してしまったら、私はきっともっと我侭になります。――例えばね。さっきの話、あなたが後でなかったことにすると言っても、そんなこと許さない、と言ってしまうでしょう」


 静かに心情を吐露する言葉に、リコリスはじわじわと落ち着かない心地になってくる。

 先ほどの気まずさとは全く違う。心が跳ねる。

 口元が勝手ににやけようとして、それを我慢したら体がそわそわした。


「~~~~っでりゃ!」


 顔を覗き込まれているのが恥ずかしくなって、リコリスは思わず目の前の顔の上半分を両手で塞いだ。

 ちょっと勢い余ったかもしれない。


「わっ、ちょっと、リコさん何を」

「撤回なんてしない!」


 退かそうとライカリスの手が動くのを、遮るように叫ぶ。


「無理もしない。あんたの我侭なんか、全然平気だから。だから……ライカと一緒にいる。私だって、最初にそう言った。約束したでしょ」


 一緒にいたいと願うのは、ライカリスだけではない。


「――そんなこと言ったら、本当に本気にしますよ」

「いいよ。ていうかしろ」


 きっぱりはっきり断言すれば、ぐい、と手を外されて、真剣な眼差しが下りてくる。


「前言撤回は認めません。遠慮なく一緒にいさせてもらいますし、いてもらいます」

「望むところ!」


 力強い宣誓。

 それを聞いて、ライカリスは不意に口を歪めた。いつになく意地悪な笑みを浮かべて、後ろを振り返る。

 牧場北の入り口の、その脇にある倉庫に目を向けて。


「――皆さん聞きましたね?」

「えっ」


 一拍後、倉庫の影から人と妖精が転がり出てきて、リコリスの顔が盛大に引き攣った。

 どこまでお約束なのかと。


「よかったですね、リコさん。証人がこんなにたくさん」


(うわぁ……)


 リコリスに対してはやたらと対応が柔らかいので忘れていた。

 他者を罠にかけることにおいては絶対に手を抜かない、この男の性格の悪さを。

 リコリスの提案を聞いてから、どうすればそれが間違いなく約束されるか、考えたのだろう。多少本音を見せたとしても、それすらも全部計算だ。

 念入りに念入りに、相手に気づかれないよう追い詰め、仕留める。そういう奴だった。


「チェスナットさん、ファーさん、ウィロウさん」

『へ、へいっ』


 3人がびくっと体を揺らす。


「あなたたちは私が鍛えてあげましょう。大工修行で、簡単に音を上げないくらいに、ね」

『……っ?!』


 危険な笑みだ。

 免疫のない人間たちは震え上がり、妖精たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていき、リコリスは頭を抱えた。


「はぁ……」


 まぁ、これもある意味では歩み寄りかもしれない。ライカリスが他者の存在を認めること自体が珍しいので、逆にいいこと、かも。

 ライカリスが楽しそうに嬉しそうに微笑んでいる。

 それはリコリスが望んだことで、これはこれで、と彼女は思い直した。

 名指しされた3人が真っ青で今にも気絶しそうなのは、同情しつつ華麗に見て見ぬフリで。


(ああ、でも。やられっぱなしは嫌だなぁ)


 性に合わない。喜んでくれるのは嬉しいが、それはそれこれはこれ。

 リコリスはいじめられている弟子たちを眺めた。


「――3人とも、頑張ってね。ライカが鍛えてくれるなら、体力もつくだろうし、ずっと早く家が建てられるようになるかもね?」


 リコリスの追い討ちに、3人は涙目になる。まず、これは覗き見犯へのお仕置きだ。

 そして次が本命。


「早い方がいいよねぇ。ライカってば不安になったら泣いちゃ――むぐっ」


 最後まで言えなかった。

 横から伸びてくる手が早かった。少し距離を置いておけばよかったか。

 目を丸くした弟子たちが、困惑してリコリスたちを見つめる。

 中断はされたが、何を言いかけたのかは伝わったようで、しかし信じ難いのか、アイリスがそんなまさか、と呟いたのが聞こえた。


「リ、リコさん。それは忘れてくださ……いっ」


 耳元で囁く声は無視。

 ちょうどいい位置に来た鳩尾に肘を入れると、呻き声と共に、口を塞いでいた手が外れた。

 続ける声が大きいのは、もちろんわざと。


「えー、無理だなぁ。昨日の今日だし、インパクトがありすぎだったもん。だってライカがな――」

「あああ、もう、すみませんでした! 謝りますからっ」


 よし。勝った。

 勝ち誇った笑みを向けてやれば、ライカリスはへにょと眉尻を下げた。耳と目元が赤い。


「ふふん。喧嘩売られたら買っちゃうよ?」

「はは……そうですね、そういう人でした……」


 ライカリスは鳩尾を摩りながら苦笑した。

 その顔から、ふいと視線を逸らして、リコリスは小さく付け加える。


「――可愛い我侭くらいいくらでも聞いてあげるけどねっ」


 そして、何か言われる前にぱんぱんと手を打ち鳴らした。

 呆けていた弟子たちが、慌てて背筋を伸ばす。


「目標も定まったことだし、皆お昼にするよ! ライカ、ペオニア、手伝って」

「はい」

「は、はい!」

「他は……とりあえず邪魔しないでクダサイ」


 弟子たちの肩ががくっと下がった。


「なんて、それは冗談だけど。ま、早く牧場に慣れてほしいし、色々見学しててよ」


 笑いながら指示を飛ばすと、いつの間にか戻ってきていた妖精が、弟子たちの後ろから顔を出した。

 出番? 出番? と訴える目に、リコリスは頷く。

 途端、「一緒にお仕事するのですー」と誰かが声を上げ、他の妖精たちもそれに倣った。きゃあきゃあと人間たちにまとわりついて、畑に引っ張ろうとする。

 うっかり転んで踏み潰したら怖いと思ったのか、男たちがそんな妖精を順番に肩に乗せていった。

 20人もいるので頭と腕まで占領されているが、見ている分には微笑ましかった。

 妖精たちはそれで更に喜びの声を上げ、女たちはそれを見てうっとりとしている。

 一方は粗野で乱暴で、もう一方は偉そうで、と最初に受けた印象が大分薄れたのは、リコリスのお仕置きによるものか、あるいは彼らの元々の性格なのか。もしくは単なる妖精パワーか。

 上手くやっていけそうなことにほっとしつつ、リコリスはライカリスとペオニアを従えて家に入る。


「何故扉がないんですの?」


 本来扉があるべき場所をくぐって、ペオニアが首を傾げた。


「あー……」

「壊れたんですよ」


 詳しい説明は一切なしで、ライカリスがしれっとのたまった。


(壊した、の間違いでしょうがっ)


 しかし説明しにくいので、リコリスは心の中だけでつっこむ。

 それを読んだようにライカリスがリコリスの後ろ髪をつん、と引っ張った。言うな、と。

 この短時間で空気を読むスキルの経験値が相当積まれたのか、ペオニアは「そうですか」と静かに言い、何も訊いてこない。


「さって、何を作ろうかなー」


 扉のことはスルーして、リコリスは腕まくりをした。

 人数も多いし、ペオニアもいるし、お腹はすいたし、簡単なものがいいだろう。

 そもそもこの家のテーブルでは人数的に無理だから、外の牧草地にでも行こうか。ピクニック気分で、お弁当を用意して。

 レシピを確認して、リコリスは心なしか緊張の面持ちでいるペオニアを見た。


「そんな顔しなくても、いきなり難しいことなんてさせないから」


 苦笑いしながら宥めれば、少しだけ肩の力が抜けたようだ。


「は、はい。よろしくお願い致します」

「うん、よろしく。じゃあ、外で食べられるメニューにするから、まずは――」


(んん、こういうお料理タイムも楽しいな)


 一生懸命なペオニアの様子に、リコリスの顔が自然に笑顔になった。


 ちなみにその直後。

 例の棚を予備知識なしに開けたペオニアが悲鳴を上げたり、護衛たちが血相変えて戻ってきたり、というハプニングがあったりして。

 意外とうっかりしているリコリスなのだった。

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