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第12話 彼女の計画

「あ、あのっ」

「ん?」


 それまで黙ってリコリスたちのやり取りを見ていたペオニアが、唐突に声を上げた。

 緊張の面持ちで見つめられ、リコリスがきょとんとする。


「わ、わたくしも、あなたの牧場で使って頂けませんこと?!」


 これには護衛たちも驚いたようだ。「お嬢様?!」と叫んだ声がひっくり返っていた。

 リコリスは思わずまじまじと相手を眺めてしまった。

 こちらの4人はどうすれば上手く町に溶け込めるだろうかと悩んでいただけに、意外すぎて、けれど渡りに船でもある。


「私はいいけど……いいの?」


 肉体労働などやったこともないだろうとすぐに分かる、それほどに白く細い手を胸の前で組んで、リコリスに必死に頷いてみせる。


「はい! わたくし……今までそういったことは経験がありませんけれど、精一杯勤めてみせますわ!」

「いや、あなたがそれでいいならいいんだけど」

「では、わたくしのことはどうぞ、ペオニア、と」


 リコリスに真っ直ぐ向かう視線は、妙に熱心でキラキラしている。


(あれ、これってもしかして懐かれた?)


「えーと、じゃあペオニア?」

「はい」


 名を呼ぶだけでこうも嬉しそうにされると、リコリスとしても居た堪れないというか、照れくさいというか。


「これからよろしく」

「はいっ! よろしくお願いいたします」


 はにかんで返事をする姿は、昨夜会った時とは違って随分幼い。

 些か不安だが、本人にやる気があることだし……裁縫や料理を教えてみてもいいかもしれない。リコリスの選択した生産スキルだ。問題なく教えられる。


「……あー、アイリス、ジェンシャン、ジニア」


 もう開き直って呼び捨てにすることにした。

 守るべき主人がこの様子なら、真面目な性格らしい護衛3人も多分従ってくれるだろう。

 呼ばれた3人は慌てて居住まいを正す。


「は、はい」

「皆で一緒のことやっても仕方ないから、仕事はある程度分散させる。あなたたちは順番にペオニアの補佐を、って言っても護衛の立場もあるだろうし、そんなにバラバラにはしないから。夜にはこっちの3人と一緒に修行してもらうね」

「分かりました」


 なんとかまとまった、のか。リコリスは息をついて立ち上がった。


(細かいことは後かなぁ。とりあえず牧場に戻って、それから)


 いつまでもここを占拠するのは迷惑だ。酒場は昼は食堂だが、なんにせよ営業開始時間がそろそろだ。


「マスター、とりあえずこんな感じになったんで」

「おう。なんつーか、相変わらず面倒見いいなリコリス」

「……どうでしょうねぇ」


 エフススが言うのはゲーム中、無数のクエストで住人たちを助けたことだろうか。それは正確にはリコリスであって、そうでない。

 これを考え始めるとこの世界でのほとんどの関係が成り立たなくなるので、彼女は努めて考えないようにしている。

 その関係こそが、今この世界にいる『リコリス』を支える全て、なのだから。


「――まぁ、あとの細かいことは、牧場に戻ってからにします。場所貸してくれて助かりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。つーか俺ぁ何もしてないしな!」


 改めて礼を述べれば、豪快に笑い飛ばされた。さすがだ。

 感動を覚えつつ、リコリスは弟子たちを振り返る。


「んじゃ、皆移動するよ。立てる?」

『…………』


 促すが、正座したままの彼らは動かない。

 これは、アレか。お約束の。


「えー……足、つついていい?」



『やめてください、お願いします……』



 もう息ぴったりである。


 それから5分後、リコリスたちはようやく酒場を出た。

 ぞろぞろと新しい仲間たちを引き連れて、リコリスはライカリスと並んで歩く。

 後ろの面子は、それまで仲が悪かったことも忘れたように何やら楽しそうにしているが、隣の男は何も言わない。

 先ほどリコリスの所持金の話が出たときにフォローをしたきりで、それ以降はずっとだんまりだ。

 機嫌は最悪。それが手に取るように分かるが、何も言わないのだ。

 リコリスはため息をつく。

 昨日、今日のように、これからもリコリスについて歩くだけでも、この人嫌いにはさぞ辛いだろうに。それでも彼は町に行くこと、人に会うことそれ自体には文句のひとつもつけなかった。

 今も、ただ黙ってリコリスの隣にいる。


(うーん。せめて事前に説明しておけばよかった)


 これでこの人数が牧場に入ってくるとなれば、機嫌が上向くことなどなくなりそうだ。

 こうと決めて突っ走って……あまりにも配慮が足りなかった。蔑ろにしてはいけないと思うのに。


「――リコさん、私のことなら別に」


 静かな声に、ギクリとリコリスは肩を揺らす。

 彼女が恐る恐る隣を仰げば、感情の隠れた瞳が見下ろしてくる。


「顔に書いてあります。気まずい、どうしようって」

「指摘されてますます気まずいわ」

「それは申し訳ない」


 しれっと言われて、リコリスは俯いた。


「勝手に決めちゃってごめん、ライカ」


 自爆した挙句本人に気を遣われるなど、なんて情けない。

 ライカリスが大きくため息をついた。


「大丈夫です。あなたの考えてることなんて、大体分かりますから。だから反対しなかったでしょう? まぁ、諸手を挙げて賛成というわけにはいきませんが、」


 そこで一呼吸置いて、彼は続けた。


「……いいんです、本当に。私はただ、あなたの――リコの隣にいられれば、それでいい」


 だからずっと一緒に、と微笑んで。


「……」


 聞きようによっては凄い口説き文句だが、そこに全く他意がないのが分かるので、リコリスは複雑だ。

 ただ共にいられることだけを考えて、それ以外もそれ以上も望まず、嫌なことすら飲みこんで。

 一緒にいたいとまっずぐに向けられる想いは嬉しく、何も望まれないのは寂しくて悲しい。

 理由は分かっている。けれど。


(もっと我侭言ってほしいなぁ)


 引っ越しの件はノーカンだ。これは唯一の願いに付随するものなのだから。


(……いや、我侭言えって私都合だし。そうじゃなくて、もっと――もっと喜ばせてあげられたら)


「リコさん?」


 黙りこんだリコリスを、ライカリスが不安そうに伺う。きっと返事をしなかったから。


「……あのさ、ライカ。私だって」

「ご主人さまぁ、ライカさまぁ! おかえりなさいなのです~!」


 いつの間にか牧場に戻ってきていたらしい。

 言いかけたリコリスの言葉を遮って、妖精たちが彼らを出迎えた。


「あ、はい、ただいま。何もありませんでしたか?」


 ライカリスがしゃがみ、妖精に話しかけている後ろでは、ペオニアたち女性陣が頬を染めて目をキラキラさせている。

 家妖精の魅了スキルはハンパない。


「あれぇ。お客さまですか?」

「お客さま?」

「お客さまだって!」

「はじめましてなのです!」


 妖精たちに取り囲まれるに至っては、既に気絶しそうになっている。

 逆に弟子たちはどう接していいのか、とおろおろしているのが対照的だ。


「はい、紹介するよー。今日からここの従業員になった――」


 とりあえず自己紹介でもしてもらうことにして。

 妖精たちは人懐こいし、積極的だから、放っておいても話は進むし、勝手に親交を深めてくれるだろう。脱線する可能性は高いが。

 そう思って観察していると、やはりどんどん話が展開していく。もちろん脱線も含めてだ。

 そこでふと、妖精のひとりが言った。


「あ、皆さまは牧場に住むのですか?」


『え?』


 人間たちが意外なことを訊かれた、と言う顔をする。

 揃って首を傾げ、示し合わせたかのようにリコリスを見る。

 7人分の目が、どうすればいいですかと問いかけてきて、リコリスは困ったように微笑んだ。


「今は無理だなぁ。部屋も家具もないし。あなたたち、今どこに住んでるの?」


 逆に問えば、弟子たちは町外れの小屋を勝手に占拠していると言い、ペオニアたちは町の北の空いていた屋敷を買い取ったのだと言う。

 不法占拠組はともかく、町の北からここまで通うのは結構骨かもしれない。


「えー、じゃあ、ちょっと目標決めようか」


 ぴっと人差し指を立てたリコリスに、全員がきょとんとした。


「まずペオニア。料理と裁縫教えるから、覚えて。あと、薬草とかの扱いを、一緒にライカに習おう」

「はい……って、え?」


 途中までで頷きかけ、ペオリアが目を丸くする。戸惑いの視線がリコリスとライカリスを行き来したが、リコリスは涼しい顔で、ライカリスは肩を竦めるのみ。

 結局、頷いておく他なかった。


「次、アイリス、ジェンシャン、ジニア。さっきも言ったとおり、1人ずつ順番にペオニアについて、あとの2人は妖精たちと一緒に牧場の仕事メインでよろしく」

『はい』

「後でまだ野菜も動物も種類増やす気だから、慣れておいてくれると嬉しい」

「分かりました。お金が貯まったらですね」

「……う、うん」


 アイリスに言われて、リコリスは顔を引き攣らせた。

 ああもう、よく理解していらっしゃる。

 

「えー、チェスナット、ファー、ウィロウ」

『へい!』

「あなたたちには、家を建ててもらいます」


『…………え?』


 ぽかんと3人の口が開く。


「建てるっていうか、建て増しっていうか。規模が規模だけにもう新築でもいいんだけど」

「え、俺ら3人っスか?」

「もちろん人手は提供します。私だって手伝うし」


 それを聞いて、ライカリスが顔に手を当て、盛大なため息をついた。


「……リコさんにやらせるくらいなら私がやります」

「一緒にやればいいでしょ? とにかく、サイプレスさんのとこで働かせてもらえることになったし、最初は見習い下っ端扱いだとは思うんだけど、いずれ技を磨いてもらって、ね?」

「ね? って……師匠、リフォーム代浮かせる気でしょう」

「そうとも言う」


 隠しても仕方がないので、リコリスは正直に肯定した。


「すげぇ正直」

「誤魔化しようないんだもん。貧乏だし」


 そもそも最初から考えていたことだ。そして包み隠さず話すつもりだった。


「あのね、あなたたちの部屋と、ペオニアたちの部屋と、それにお風呂とね」

「え、俺らの部屋もあるんスか」

「いらない?」


 弟子たちが3人で大きく首を振る。


『ほしいッス!』


 心底嬉しそうに、声を揃えた。

 相当先のことになるだろうし、細かく決めるのはまだまだ早いが、楽しみがあればやる気も違うだろう。

 問題があれば、後で正せばいい。


「個室でも大部屋でも好きにしていいよ。ペオニアたちの意見も聞いてあげてね」

「師匠の部屋はどうするんスか?」

「もちろんお願い。2人部屋よろしく!」

「え」


 隣で意外そうな声が上がる。

 リコリスがそちらを見ると、問いかける視線とぶつかった。


「あれ、嫌だった? えと、ライカと私、同じ部屋……とか」


 また突っ走ってしまったのか。

 できるかぎり一緒に、そしてその時間を大事にするなら、相部屋にした方がいいとリコリスは思ったのだ。駄目だっただろうか。

 ライカリスが目を瞬く。浮かんだ微笑は困惑気味だった。


「嫌だなんて……むしろリコさんはそれでいいのかと」

「いいよ。なんで? 一緒にいたいし」


『………………』


 全員が沈黙した。


(あっれー? 私何か間違えた?)


「ゴホン!」


 わざとらしい咳払いはアイリスだった。

 それで全員が我に返ると、ちらちらと目を見交わして……一歩下がる。


「ん?」


 リコリスが戸惑ううちに更にもう一歩離れて、男たちは妖精たちを肩に乗せた。


「おーい」

「えー、お二方は、もう少し話し合われた方がよろしいかと。我々はこの小さき先輩方に牧場を案内していただきますので、どうぞごゆっくり」

「は?」


 言うなり、全員が脱兎の如く駆け出した。

 妖精たちがキャキャと喜ぶ声があっという間に遠のいて、リコリスはライカリスと2人その場に残される。


「……」


 とりあえず、ペオニアのドレス捌きは見事だった。

 展開についていけない彼女の頭は、そんなことを暢気に考えてしまった。

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