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第11話 新たな1日と生活の始まり

 意識が浮上した。ぱち、とやけにはっきり目が開いて、おかしいなと彼女は思う。


(……こんなに寝起きよかったっけ?)


 まだ若干霞みがかっている頭で、もう少し寝ていたいと思い、いやもう時間だ、働かなければ、と考える自分がいる。


(――働く? だって私の仕事は)


 さっと頭の中の霞が晴れた。眠りの余韻が遠のいて、室内の光景が意識の内に入ってくる。

 外はもう夜ではない。完全に明けたわけではく、しかし太陽が顔を見せる前の、夜と朝の間の時間。

 彼女――『リコリス』の一番好きな時間帯だった。


 時刻を確認した。午前5時5分。

 本来のリコリスなら、目覚ましもなくこの時間に目が覚めることはあまりない。彼女の仕事は時間で拘束されるものではなかったから。

 昨日が色々ありすぎたからか……あるいは、とリコリスは考え、思考をやめた。

 彼女の推測は、明日明後日、そしてそれから先と、朝を迎えなければ検証もできない。


(起きよう……)


 牧場を見にいかなければ。

 とりあえず畑の様子を見たかった。

 この世界の作物の成長スピードを把握しておくためだ。ゲームと同様ならその全てのデータを彼女は記憶しているし、飢えることもないだろうが、そうでないなら計画を立てる必要がある。

 そして、動物たち。

 昨日の夜、戻ってきた時には牧草地に動物たちの姿はなかった。日が暮れて妖精たちが小屋に帰してくれたのだろう。彼らをまた外に出さないと。

 それから朝ごはんを用意して……そういえば後ろでまだ寝息を立てている妖精たちは、花の蜜が主食らしい。少なくともゲームの中では。

 それならば所持品の中に何種類も大量に入っているはずだが、本当に人間と同じものを用意しなくていいのだろうか。

 その後は、また町だ。

 妖精たちに留守を頼んでばかりで心苦しいが、約束もあるし、今日は早く帰ってくるということで見逃してもらおう。

 昨日に引き続き、結構な過密スケジュールだ。


「……リコさん、起きてます?」


 すぐ近くで声がした。


「うん。おはよう、ライカ」

「おはようございます」


 昨夜、ぴったりとくっついて眠ったパートナー兼同居人は、リコリスが起きたのを察して、静かに声をかけてきた。

 多分無理だとは分かっていたが、リコリスとしてはもう少し寝させてあげたかった。何せ、就寝時刻が2時過ぎだったのだから。


「私起きるけど……ライカまだ寝てる? 寝ててもいいよ」


 むしろ寝ててくれ。

 無駄だと知りつつも、念を込めて提案する。


「いえ。お仕事でしょう? 手伝わせてください」


 言いながら、ライカリスはちら、と妖精たちを見た。

 ぐっすり眠っている。これを起こして手伝いを、と要求できるか? それは絶対無理。


「じゃあ、お願いしようかな」


 今日もっと早く就寝して、しっかり休めるようにした方が、これ以上頑なに断るよりも建設的だ。

 そう判断したリコリスは、ライカリスと共にそっと家を出た。




■□■□■□■□




 ――午前8時半。


 リコリスたちは寝坊したと慌てて起きてきた妖精たちに牧場を任せ、町に出ていた。

 ちなみに妖精たちの朝ごはんは、花の蜜で間違っていなかった。一番人気で取り合いになったのはラベンダーの花の蜜だった。


「酒場に行くんじゃないんですか?」


 ライカリスが不思議そうに聞いてくる。

 リコリスが迷わず進むのは、酒場への道ではない。


「行くよー? でも準備も大事でしょ」


 昨日、男たちを捕獲したときから考えていた。

 考えたはいいが、それはある人物の了承を得なければ進まない。最初真っ直ぐに酒場に向かうつもりだったリコリスは、思い直してまず先方に頭を下げに行くことにしたのだ。

 見えてきたのは、トンテンカンと音を響かせている、小さな作業場だった。

 リコリスは入り口から中を覗き込んだ。


「すみませーん。サイプレスさんいますかー?」




 ――午前9時。


「うわぁ……」


 酒場に着いて、マスターに挨拶したリコリスは、今日町に出た本来の目的に向き合って、うっかり妙な声を出していた。自分でやっておいてこの反応はどうかと彼女は思ったが、出てしまったものは仕方がない。

 まだ開店前の酒場の隅に、昨日の7人はいた。その様子は……筆舌に尽くしがたい。

 一言で言うなれば、憔悴、だろうか。

 全員既に押さえられずとも床にべったりと倒れ伏し、弛緩した体が時折痙攣していた。


「あ、あ、あんた……じぶ、自分で、やらせ、たくせ、に……」


 男の1人が顎を床に擦りながらリコリスを見上げ、そこまで言ってまた力尽きた。

 ライカリスがそんな男を冷たく見下ろす。


「はっ。それだけ言えるなら十分元気じゃないですか。なんなら、私がトドメ入れましょうか?」


 吐かれた毒に、全員の肩がびくりと揺れた。どうやら皆意識はあるようだ。

 そんなライカリスの肩を軽く叩いて、リコリスは怯えている彼らを見つめる。

 どういうわけかHPが半分ほど減っていた。



【スキル選択】


回復陣(ヒーリングサークル)


【スキル発動】



 7人の下の床に、大きな魔法陣が現れた。白い輝きを放つそれは、神官(プリースト)の回復スキルのひとつだ。

 パーティを組まなくても、指定した範囲で複数人を癒すことができる。

 観察していると、魔方陣から放たれた光は7人に柔らかく纏わりついて輝きを増し、それからゆっくり弱まって消えていった。

 全員、HPが最大まで回復しているのを見て、リコリスはほっとする。

 怪我をしていたわけではないので、何を治したのかいまいち分からなかったが。

 そろりそろりと頭を上げる7人を、リコリスは腕組みして見下ろした。


「じゃあ、皆さん。回復したところで……何か言うことは?」


 問われた7人は、仲が悪かったのも忘れたのか、顔をつき合わせて会話を始めた。

 依然として、床に這いつくばったままで。


「な、何か? 何かってなんだと思う?」

「なんでしょう……全然分かりませんわ……」

「謎かけでしょうか? 何か別に意図があるのでは……」

「俺頭悪ィからよぉ……」


(え、そんな悩むこと?)


 リコリスは頭を抱えた。

 彼女の後ろでは、ライカリスは蔑むように7人を見ているし、エフススは笑いを堪える表情で口をパクパクさせている。「悪いことした時に言う言葉だろ!」と。

 ヒントに気づかないまましばらく相談していたが、ようやく男が1人、エフススを見た。


「――はっ!」


 それは一瞬で全員に伝わって、目を見交わした彼らはリコリスの方へ体を向けた。

 無論這ったままなので、額は床についたままだ。変な光景だが、見ようによっては土下座に見えなくもない。



『せーの……ごめんなさいっ!!』



 これはきっと進歩なのだろう。意外と素直で、これからリコリスがやろうとしていることにも希望が持てる。


「……反省した?」


 ツッコミ入れたいと、うずうずする心を無理やり抑えつけて、リコリスは問う。


「町の人に乱暴を……直接的な暴力じゃなくても、脅したりとか、お金で圧力かけたりとか、もうしないって約束できる?」


 具体的に言えば、うんうんと頷きが返ってきた。

 では、これで第一段階終了だ。


「じゃあ、あなたたちのこれからのことだけど」


 言えば、全員の背が強張った。

 一晩中整体と、擽り刑はそんなに堪えたのだろうか。

 そんなことを考えながら、リコリスはふと、ひとつ重要なことを思い出した。


「――ああ、その前に、皆で自己紹介しようか」


 リコリスは彼らの名前を知っている。ペオニアを始めとして、全員確認済みだ。

 だが、人間関係の始まりには、まずそこから、お互いを知ることが必要だ。

 彼女は床に正座し、7人に向き合った。


「では改めて。リコリスです。町の南で、牧場やってます」


 リコリスがそうして軽く頭を下げれば、ひどく当惑した視線の後、もそもそと体を起こす音が聞こえたと思ったら、全員が彼女を真似てか正座していた。

 代表して、まずペオニアが深々と頭を下げた。


「ペオニア・バークマンと申します。この度は大変ご迷惑をおかけ致しました」


 ペオニアの護衛たちがそれに続き、最後は男たちが慣れない仕草ながら謝ってきた。

 彼らの名前は護衛側がアイリス、ジェンシャン、ジニア。姓は皆セルベアで姉妹なのだという。

 男たちはチェスナット、ファー、ウィロウと名乗った。


「よし。じゃあ本題に入るよ。まずチェスナット、ファー、ウィロウ!」

『はい!』


 あえて呼び捨てにしたが、特に不満はないようだ。いい返事が返ってきた。


「あなたたちには働いてもらいます!」


 宣言すると、男たちはポカーンとした。何故。

 まともに仕事をせずに食べ物をせびったり、森で木の実などを拾って暮らしていたと聞いたから、まず働けというのはおかしいことではないはずだ。

 腑に落ちないが、リコリスはとりあえず考えていた計画を口にした。


「まず朝一で私の牧場を手伝って、それが終わったらサイプレスさん――この町の大工さんのところで働いてもらいます。これは先方にもご了承いただいてます」


 サイプレスは生産スキル伝道師の1人で、木工を担当していた。町の大工さんだ。

 リコリスにも下心がないわけではないが、そもそも女性には預けられないし、体力もありそうだし、厳格で男たちよりも体格のいいサイプレスに頼むのが一番だろうと思ったのだ。


「夕方まで働いたら、牧場に帰ってきてもらって、晩御飯の後は修行!」

『修行?!』

「そう修行。戦ってみた感じ、ちょっと心許なかったから。もう少し強くなってもらおうと思って」


 いずれは町を守れる立場になってくれればいい。

 スィエルの町には戦える人間がライカリス以外にいないから、レベル持ちは貴重だ。


「あと、悪いけど給料はお金じゃなくて現物支給。食料毎日3食分調理済みで、おやつもほどほどには認めます。なんでお金じゃないのかって? それは私が貧乏だからです!」


 指摘される前に言っておく。

 まぁ世界的な食糧難だというこのご時世、リコリスの牧場の作物ならいいお値段のはずだから、悪くない条件……だと思いたい。


「……不憫」


 誰かがボソリと言った。リコリスは悲しくなった。

 チェスナットが首を傾げる。


「でもよぉ。牧場主ってったら、皆金持ちじゃねぇのか?」

「……手持ち4桁ですけど?」

「……おおぅ……」


 聞いた側が言葉を失った。

 大量のアイテムを所持しているリコリスだからなんとかなるが、普通に暮らそうと思ったらどう考えてもアウトな所持金だ。

 ライカリスがため息をついた。


「本来牧場は町のワープゲートの先にあるものなんですよ。リコさんはそこから、この町の南の土地を買って、牧場を移動させたんです。そうすることでスィエルの町の牧場として認められ、お互いに利益がありました」

「へぇ~、そんなことできんのか」

「では、その土地代が高かったのか?」


 アイリスが問い、ライカリスが頷く。


「あの土地は、1兆Bでした」


 Bはこの世界の通貨の単位で、バルと読む。予想外の単位に、7人全員が目を剥いた。

 ちなみに0をつけて表記すると1,000,000,000,000Bとなる。眩暈がする金額だ。

 リコリスはゲーム内でも有数の廃人だったが、そのリコリスが倹約に倹約を重ねて、必死で貯蓄しなければ稼げなかった。

 彼女の牧場レベルがカンストせず900で止まっているのは、キャラクターの成長や重要なクエスト、あるいはこの土地を買うために必要な条件以外の増改築(アップデート)をケチったからだ。

 土地を買うにしても、もう少し余分に貯金してから実行すればよかったのに、と友人たちに散々言われたが、リコリスは今更ながらそれを痛感している。


「すっげぇな……いろんな意味で」

「でしょ?」


 もういい。リコリスは開き直った。


「で? どうする? もちろん、他に働き口の希望があるなら、無理のない範囲で私が交渉してみるけど」


 男たちは顔を見合わせ、一拍。



『よろしく頼みます、師匠!!』



「師匠?!」



 ――予想外の呼ばれ方だった。

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