表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/103

第1話 いっそ夢であれ

 さやさやと気持ちのいい空気の中、彼女はぽかんと口を開けた。


 目の前には青々とした葉を揺らす、見渡す限りの作物群。その向こうの牧草地では牛がモーと鳴いていた。他にも羊や馬なんかも見える。

 ……なんて長閑な。じわじわと自覚を迫る緊張感さえなければ、暢気に動物たちと戯れていただろうに。

 ぐるっと見回し、畑と牧草地の周囲に点在するいくつかの木造の建物は、今いる位置からは中を窺い知ることはできなかった。だが何のための建物なのか、わざわざ確認しなくても理解している。

 今目の前にある風景だけでも、ここがどこなのか十分に確定できてしまった。畑の広さ、牧草地とその向こうに流れる小川、建物の見た目と配置。見覚えがありすぎるほど見慣れた風景だから。


 大きく深呼吸して、恐る恐る顔を後ろへ。肩越しに見えた、丸太で作られた小さな家。これまた見覚えがありすぎて困るソレは、他と同じ木造建築でありながら趣が違う。当然といえば当然で、こちらは人が暮らすための家なのだ。

 暮らす、といっても中にあるのは本当に最低限の設備で、キッチンとテーブル、イス、棚と小さなベッドだけ。本当は色々と増築したり、物を増やしたりもできたのだが、金と手間を惜しんでやらなかった。


 そう。やらなかったのだ。他でもない、彼女自身が。

 この家の決定権は全て彼女にある。家だけでなく、目の前に広がる畑も、牧草地も、動物たちも、全て。

 笑えない。だって、


「――あはは。どう考えても私の牧場だよ……」


 乾いた笑い声と青褪めた顔が、平和な牧場になんとも不似合いだった。




■□■□■□■□




 『アクティブファーム』というオンラインゲームがある。

 名前の通り牧場経営をベースに、RPGやらシミュレーションやら各種ミニゲームやら色々と詰め込んだゲームで、しかしクエストやイベントの発生条件、装備条件はほぼ全て牧場の発展に由来する。

 プレイヤーはヴェルデドラードという世界で一人一牧場を与えられる。通常プレイヤーの牧場は世界MAPとは独立したエリアとされ、各町にあるワープポイントから入場する。もちろん他のプレイヤーの牧場に遊びに行くことも可能だった。冒険に繰り出すより、誰かの牧場でたむろしているプレイヤーの方が多かったかもしれない。


 しかしアクティブファームは普通のMMOだった。

 パソコンの前に座って3D画面の中のキャラクターを、マウスとキーボードで操作する。間違っても頭にVRとか付いたりしてVRMMOとか、そんな夢の溢れるスタイルではなく、ごくごく普通のMMOだったのだ。というかVRMMOなんてまだ誕生もしていない。それこそお話の中のこと。


 それなのに。嗚呼、それなのに、だ。

 今のこの有様っていったいどういう訳だろう。自信を持って自分の牧場だと断言できるこの場所に、彼女は立っている。……否、ショックと混乱のあまり地面に両手をついているので、立ってはいないけど。

 掌に触れる地面のざらざらした土の感触は本物で、視界に入ってくる髪は燃えるように赤かった。


(あ、ヤバイ、なんか変な汗出てきた)


 ガクガクと震える身体を叱咤して、顔を上げてみる。何気なく、すぐ目の前に植わっている苗に視線を置くと、ぺろん、と上に文字が出た。


「?!」


 ぎょっとした。

 現実そのものの植物の見た目に、あまりにも不釣合いなデジタル文字。集中してみれば、



  トマト


  レベル:100

  成長率:100%

  状態:健康

         』



 これまた、彼女にとっては非常に馴染みのある文字情報だった。本来なら、農作物や動物にカーソルを合わせると、自動で表示されるものだ。

 彼女は虚ろな目を周囲に巡らせた。先ほどは軽く眺めただけだった景色の一つ一つを少し長めに見つめてみる。

 牛、羊、馬。名前、レベル、年齢、状態。家畜小屋。鶏小屋。水車。従来のゲーム通りの名称や説明を見てから、少し考える。

 正直ゲームと違って操作方法はさっぱりだったが、おそらくは。


「えーと……【ステータス】?」


 ばさっと紙が広げられるような、それでいて何となく機械的な音がして、目の前に何かが躍り出た。


「おぉ……出た」


 目の前に現れたソレは、羊皮紙をかたどった3Dグラフィックだった。並んでいる文字は、書かれているように見えて、実は紙の表面に浮いている。

 トマト情報の時にも思ったが、リアルそのものの視界に、半透明で触れない画面が共存しているのは不思議な感じだと、若干逃避している彼女の頭は思った。近未来を描いた作品などでは一般的だが、現代に生きていて実物を目にすることは多分ほとんどない。


 羊皮紙には、こう書かれていた。



  リコリス


  レベル:1000

  牧場レベル:900


  職業(クラス)妖精師(フェアリーマスター)

  職業レベル:マスター

  副業(サブクラス)神官(プリースト)

  副業レベル:マスター


  ボス名:妖精王(フェアリーロード)


  以下略……

         』



 ゲームのままのステータスを確認して、今も視界の端にちらつく赤い髪を摘まんで眺める。

 クローズドβ参加者特典、限定ヘアNo.8と呼ばれる髪型を真っ赤に設定して、その見た目からリコリスと名をつけた。ゲーム内でも名前の通ったキャラだった。間違いなく彼女がマウスとキーボードで動かしていたキャラだ。



 そしてどうやら――今の、彼女自身であるらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ