スピンオフ シリーズ
コンビニ店員の視線から 霊感では無く観察力が物を云う。
第1話 午前二時の常連
可児市の国道沿い。名鉄広見線の踏切から歩いて五分のコンビニで、小林卓(22)は夜勤のレジに立っている。
霊感はない。喧嘩も弱い。取り柄は「覚えていること」だけだった。
三番目の常連は、地元YouTuberの鳴海美佑(24)。午前一時五十分に来て、無糖のエナジードリンクとガムを買う。それを三週間で四回見た。卓は、四回とも翌朝のニュースを覚えている。美佑が買った夜には、必ず近所で何かあった。空き家の火事、旧船着き場の落書き、鬼岩の駐車場で見つかった放置車両。
「また来たんですか」 「来るよー、ネタの匂いがするとこには」
美佑は笑って、スマホを掲げた。画面には「LIVE待機中」の文字がある。
(匂いがする、って、誰が嗅がせてるんだ?)
その夜、客は続けて来た。
二人目は外国人の男女だった。男は懐中電灯と電池と粗塩を、女は地図と油性ペンを買った。どちらも現金払いで、レシートは受け取らない。卓は、受け取らない客の顔こそよく覚える。男は背が高く、立ち方に隙がない。女はレジ前の防犯カメラの位置を、入店して三秒で確認した。
三組目は高校生が四人だった。部活帰りにしては遅く、肝試しにしては真面目すぎる。
「資料調べ担当の大連です。ここ、コピー機使えますか」 眼鏡の少年が古い郷土誌のページを持っていた。
神社の娘だという剣丘ももこは、お守りの袋を握っている。牧師の息子の相馬悠は「どうせ、ただの廃祠でしょ」と腕を組む。そして三宅浩子は、レジの卓をじっと見て、小さく言った。
「お兄さん、前に誰かに守られてますね。……猫の毛、ついてます」
卓の制服の袖に、黒い毛が一本ついていた。三日前、店の裏に迷い込んだ黒猫を撫でたときのものだ。
その夜、卓は気づいた。美佑も、外国人の二人も、高校生たちも、全員が同じ方角へ向かった。そして三組とも、誰かに「教えられた」顔で店を出ていった。
卓は仕事の合間に、レシートの裏へ書いた。
「なぜ、先にいる?」
第2話 先回りの方程式
翌日の昼、卓は寝ずに自室のノートパソコンへ向かった。
ライブ配信のアーカイブを三十本集め、配信者の到着時刻と事件の発覚時刻を並べた。結果は単純だった。配信者は事件の最短で三十分、最長でも二時間前に現場へ着いている。偶然にしては整いすぎている。
(誰かが、予告している)
手がかりは、美佑の配信のコメント欄にあった。同じ匿名アカウント「ミツバチ」が、必ず開始五分以内に一行だけ書き込んでいる。
「今夜は鬼岩。祠のほう」 「今夜は旧船着き場。杭の下」
卓はその書き込み時刻を、店の防犯カメラの記録と突き合わせた。出てきたのは、さらに奇妙な一致だった。ミツバチの書き込みは、いつも卓の勤務日の午前零時台に投稿されている。
(俺のシフトを、知ってる人間だ)
その夜、またも遠山巖・京子の兄妹が来店した。二人は登録者二十万の「遠山ブラザーズ」で、巖は派手な声、京子は冷静な編集担当だった。
「卓くん、聞いて。うちらね、投げ銭もらったの」と京子が言った。 「一万円。匿名で、メッセージ付き。『最初に着いた配信者に、毎回一万円』って」
その場にいた三宅浩子が、目を細めた。 「それ、お金で人を走らせてるんじゃなくて、お金で人を並ばせてるんだと思います」 「並ばせる?」 「見張り台を、いっぱい立てるみたいに」
悠が鼻で笑った。「ただの話題づくりでしょう。論理的に考えて」 「論理的に考えて」と卓は言った。「話題づくりなら、最初の三回で飽きる。十二回続けてるのは、目的があるからだ」
悠は黙った。レジの奥で、コーヒーマシンが鳴った。
第3話 偶然は仕入れない
関西の占い師でYouTuberのフェルナンド・村田(53)が店に現れたのは、金曜の深夜だった。派手なスーツに、ダイヤ柄のマスクをしている。
「わしの占いでな、鬼岩に『星』が降りるて出たんや」 「誰に言われました?」 「……あれ? 誰やったかな」
占い師は本気で首をかしげた。卓は、その表情を見てぞっとした。嘘をついていない。誰かに言われたのに、誰に言われたかを忘れさせられている。
そこへ、澪が来た。柊澪(21)、合気道有段者の学生で、根古親司の弟子を自称している。店の入口で一度立ち止まり、卓へ小声で言った。
「卓さん、今夜、私、ここにいます。師匠から言われたの。『あそこのコンビニの兄ちゃんは、巻き込まれる』って」 「根古さん、そういうこと言う人なんですか」 「言うだけ言って、自分は来ない人です」
澪は笑って、ホットドリンクを三つ買った。そのうち一つを入口の外へ置いた。
外には、黒猫が座っていた。ヤマトだった。
三時過ぎ、アメリカ人らしい二人が来た。五十代の男は穏やかだが、目が笑っていない。もう一人は四十代で、立ち姿が怖い。
「この辺りで、根古という名前を聞いたことは?」 五十代の男が、日本語で尋ねた。ステーブ・ヘイブンスと名乗った。護衛を二人、車に待たせているという。四十代の男はハリー・ラングリー。通称スケアクロー、とだけ聞こえた。
卓は、買い物かごを見た。ステーブはお茶とのど飴、ハリーはブラックコーヒーと、なぜか猫用のおやつだった。
(ハリーさん、猫が好きなのか)
ハリーは卓の視線に気づき、低い声で言った。 「このあたりに最近、外国人が二人、塩と懐中電灯を買いに来たはずだ」 「お客様の購入履歴は、お話しできません」 「協力者には、礼をする」 「レシートの束は、レジの奥の金庫に入れてあります。店長の許可がないと開きません」
それは本当だった。卓は小さな嘘をひとつだけついた。店長は、今夜は何の許可も出していない。
ハリーは薄く笑った。「悪くない店員だ」
ステーブが帰り際に、ぽつりと言った。 「配信者というのはね、いいフィルターなんだ。誰が来ても、『撮影です』で済む」
卓は、そのとき初めて理由の半分を知った。
第4話 騒音の下にあるもの
「フィルターって、何のですか」 翌朝、卓は大連・ももこ・浩子・悠を集めて、店のバックヤードで話し合った。ここは四人の「作戦会議室」と化している。
大連が、古い郷土誌のコピーを広げた。 「鬼岩の祠、四十五年前に事件があったそうです。小学生が入り込んで、大人たちが慌てて塞いだ。以後、祠の前は誰も掘らなくなった」 「掘る?」 「祠の下に、何かを埋めたんじゃないかって」
ももこが口を開いた。 「うちの神社の古い台帳に、同じ年の記録があるの。『祠の下を鎮める。関係者七名』って」
浩子が、静かに言った。 「七名のうちの一人が、お金を出してる人だと思います。毎回一万円。自分では動けないから、他人に動いてもらってる」
卓は、ホワイトボードにこう書いた。
①配信者を走らせる(目的:現場に人を集める) ②人が集まると、犯人は動けない(目撃者が増える) ③外国人たちも、動けない(撮影の目がある) ④結果、祠の下のものは、誰にも持ち去られない
「つまり」と卓が言った。「ミツバチは、犯人を捕まえたいんじゃない。何かを守りたいんです。他人の目の数で」
悠が、珍しく黙って聞いていた。やがて言った。 「……論理的には、筋が通ります。誰かが、僕たちの知らない大人たちの争いの中で、必死に叫んでる」
その日の午後、澪が根古からの伝言を持ってきた。
「『その金を出してる人は、たぶん俺の同級生や。酒見て男や。昔から、ええかっこしいのくせに、肝心なとこで声が出せん』やって」
卓は、レシートの束を見直した。三週間前から、毎週木曜の午前二時に、缶コーヒー二本と封筒を買う中年男がいた。名札には「酒見」とあった。
(あの人か。いつも、二本買ってた)
二本のうち一本は、いつもレジ前で開けず、袋に入れて持ち帰っていた。まるで、誰かに供えるように。
第5話 夜明けのレジ
その夜、卓は店を同僚に任せて、鬼岩へ向かった。
駐車場には、すでに二十人近い配信者がいた。美佑、遠山兄妹、占い師のフェルナンド、あとは見たことのない顔ばかり。スマホのライトが、森の入口を白く照らしている。視聴者は合わせて数千人。誰も目を離せない。
「ミツバチ、見てる?」と美佑が呼びかけた。
祠の前に立っていたのは、酒見繁(58)だった。コンビニで缶コーヒーを買っていた男は、震える手で、一本をそっと祠の前に置いた。
「四十五年前や。ここで、一人、死んだんや。事故やって言われた。けど、違う。俺たちは七人で、口を揃えた」
ハリーとジェイコブ、アンナ、そして遠くにステーブも立っていた。誰も動けなかった。数千人の目が、全員の手首を縛っている。
そのとき、祠の裏の暗がりから、別の男が出てきた。銃を持っていた。四十五年前の七人のうちの一人、いまは地元の名士になっている男だった。
「やめんか、酒見。今さら、何になる」 「何にもならん。けど、お前を撮ってもらえる」
男は、スマホの海を見た。そして凍りついた。
次の瞬間、澪が男の手首を取った。合気道の流れで、拳銃は砂利の上に転がった。 「師匠から、『ええとこだけ取れ』て言われてたんで」
遅れて、杖をついた小柄な男が、ゆっくりと現れた。根古親司(58)。足を引きずり、黒猫のヤマトを肩に乗せている。
「やれやれ。ええ夜やったのに」
根古は祠の前に座り込み、右手を地面にかざした。誰にも、何も見えない。ただヤマトだけが、ふっと目を細めた。
「……下に、骨があるな。女の子や。もう怒ってへん。ずっと、誰か来るのを待っとった」
酒見の肩が、がくりと落ちた。 「……来てくれて、ありがとう」
だが、その後の解決は、根古の力ではなかった。男の自白を引き出したのは、卓だった。
「あなたは、毎週木曜の午前二時に、うちの店でフィルムカメラの電池を買ってましたよね。四十五年前の写真を、まだ持ってるんでしょう。処分できずに、毎週見返していた」
男は、がっくりと膝を折った。
夜明け、警察が到着した。雨月警部補と山本巡査長のドローンが、森の上を回っていた。ハリーは何も言わず、猫用のおやつを一袋、ヤマトの前に置いて帰っていった。ステーブは根古へ片手を上げただけで、車に乗った。
卓がコンビニに戻ったのは、朝六時だった。同僚が「どこ行ってたんすか」と呆れている。レジ前に立つと、ほどなく根古が入ってきた。猫缶を二つとコーヒーを置く。
「千二百八十円です」 「兄ちゃん、よう気づいたな」 「……配信者って、なんでいつも現場にいるんだろうって、ずっと思ってたんです」 「ええ質問や。あれはな、世間の目いうやつが、一番強い見張り番やからや。人は、見られとるところでは、悪いことがしにくい」
根古は、袋を受け取った。 「ほな、たまたまやけどな」
自動ドアが開いて、朝の光が差した。卓はレシートを一枚、いつもの箱へ入れた。
次の常連が来るのは、たぶん今夜の二時だ。
(了)
今までに使ったキャラを主人公に 書きますので 宜しく。




