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山女魚

作者: viblon
掲載日:2026/05/11

 林道の山側の凹んだところに、バイクを停めた。凹みには水が流れた痕があって、白い地肌の岩がひとすじ、黒く滑らかに濡れていた。

 バイクに固定したケースから、ブローニングのフライ・ロッドを取り出し、ガイドがズレないように繋いだ。フライがいくつかはいっている小さな箱は、あらかじめ胸のポケットに収めてある。価格が安いなりに少し重い、シェークスピアのリールをロッドに取りつけた。〇、四号のティペットを五〇センチほど足したリーダーは、リールのラインに昨夜のうちにつないであった。握り飯とコーヒーと、股までのウェーダーは、背中のザックのなかにあった。

 林道を少し歩いて、いくぶん傾斜がゆるやかになった崖を登る。

 登りきり、少し歩くと、森になった。リールを装着したバットをまえに、フライ・ロッドの先端がうしろになるように、釣りをするときと逆の向きに持つと、木の枝にロッドの先端がひっかかることはなかった。

 森をしばらく歩くと、草が生えた野っぱらに出た。何の気なしに足下をみると、ヘビが私の進行方向から逃れて、まばらな草むらを静かに滑っていった。ヤマガカシと見られた。私の記憶が正しければ、マムシのような毒ヘビには当時、分類されていなかったが、毒をもっているという、よくわからないヘビだった。牙で毒液を注射するのではなく、口から多くの場合、相手の目をめがけて毒を噴射するするらしい。そのことによるのかもしれない、と素人ながらに思った。

 目指しているのは、みなに知られた釣り雑誌に載っているような渓流ではなかった。ここにも魚がいるかもしれないと私が想像した、地図の上の川だった。野っぱらのなかほどまで来たところで、太陽をみて、だいたいの方角を決めた。ずいぶん大雑把だが、池や沼と違って、川はそもそも長いので、流れのどこかの地点に行きあたれば、いいのだ。

 イヌのように鼻を上に向けて、匂いを嗅いだ。

 集中すると、微かに水の匂いがした。

 当時、まだ二十代の前半だった私は、それくらい鋭敏だった。

 方角を微調整して、匂いがしてくる方向に歩いた。

 小一時間ほどして、斜面は下りになった。渓流は岸が切りたっていることも多いので、川原に下りられるところに出るかどうかは、運まかせだった。

 水位が低い夏の川は、少しも濁っていなかった。川が全体として見とおせるようになると、瀬音がきこえてきた。心臓が胸で脈打っているのが感じられた。

 岸に立ち、はやる気持ちを押さえて、ウェーダーを穿き、ロッドを脇に挟み、フライ(毛バリ)をリーダーに繋いだ。

 第一投は岸ちかくの岩の陰だった。思考が止まる。

ヒットしなかった。

 ムチのように振っているラインが伸びて、リーダーにつたわり、一直線になった先端のフライがまっ先に着水しなくてはいけないという説と、ラインがだらしなく落ち、ついでリーダー、ふわふわとフライが水面に落下する、という状況でもかまわないとする説があったが、私は後者を採っていた。理由はフライが先に着水するようにすると、私の場合、水面をフライが強打してしまうことが多かったからである。カゲロウが水面を強打して落下する筈はなかった。他に、ゆらゆらとゆっくりフライが落ちてくると、待ちきれない魚が水面ちかくまで上がってきて、着水するなりフライに飛びつくこともままあった。そうすると、難しい合わせがだいぶ容易になるのだった。

 姿勢を低くして、ポイントにフライを浮かべていく。ラインが流れにひっぱられて、ドラッグが生じないように、早目にフライを水面からひきあげる。

 しばらく川を遡ったが、偏光のサングラスを通して、渓流にフライを追う魚の姿はなかった。

 やはり魚はいなかったか、と思った。

 名の知れた川では、多くの場合ニジマスだったが、大量の魚を放流していた。解禁日には、大勢の釣り人が押しかけ、養殖のニジマスを釣る。

 それが嫌なら、有料マス釣り場の下流で、大水のとき、流されてきたニジマスを狙ったり、季節はずれの時期に、残りマスを釣ろうとしたり、地方の渓流に遠征したりする。そうでなければ、釣り雑誌に載っていない名の知られていない渓流を、探検するのだ。

 ところが、にんげん、考えることは、ほとんど一緒なので、東京の近郊の川は、やはりすでに多くの釣り人が入っていて、魚影がまったくなかったりするのである。

 渇水期の川は、透明に澄んでいて、釣りにはあまりいいコンディションとは、いえなかった。魚影は繰り返しになるが、薄い、どころか、まったくなかった。

 しかし、釣り人は不屈の闘志の持ちぬしなので、心が折れたりはしないのである。

 さほど早く出たわけではなくて、すでに陽は中天にあった。胸まである大きな岩に腰かけて、ノリを巻いた握り飯を食べた。大きな握り飯を、二つ残して、三つ食べた。小さな魔法瓶の、冷たいコーヒーを口飲みした。まだ溶けていない氷の破片が唇にあたった。心が緩み、それまで、だいぶ緊張していたのがわかった。

 空は薄い雲が五、六個浮いているきりで、青く高く澄んでいて、まずまずの晴天だった。繰り返しになるが、釣りには、実に不向きな天候といえた。

 しかし、釣りは釣れなくても、愉しいのである。フライ・フィッシングの場合は、とくにそう言えた。

 狙ったポイントにフライを落とし、リーダーとラインを弛ませて、流れにひっぱられたラインがフライに不自然な動きを伝えないように、ドラッグが生じないように、ロッドを操作するのは、ちょっとした技術が必要だった。うまくいくと、それだけで満足できた。

 また、そうは言っても、川は場所によって流速が異なり、長く流れにのせていると、やはりドラッグが生じてしまうので、フライを浮かべていられるのは、自ずと限りがあった。様々な制約があるので、フライ・フィッシングは余計に愉しいのだった。同じ作業の繰り返しにみえるが、川はポイントごとにちがう顔をみせる。

 そして、この釣りはさほど時間に縛られることは少ないと感じていたものの、それでも陽が高くなった午後は、真剣さが薄れ、まあ遊びになった。遊びのうえに遊びがあるのだから、愉しさ嬉しさ百倍だった。もともと就職するつもりはなかったが、社会の制約から解き放たれた「自由」という感覚さえあった。

 適当な岩を見つけて、腰かける。

 傷んで、切れ易くなっているリーダーのフライとの接合部分を糸切バサミで切り、全長が五ミリにも満たないような、きわめて小さい水面に浮くドライ・フライを、結ぶ。種類より、サイズが重要、というのが私の考えである。フックは昨夜のうちに、念入りに砥いであった。切っ先を親指の爪に突きたててみる。フックは爪に刺さった.まことに満足である。

 流れのなかの岩は、水位が十センチちかく下がっていることを示していた。釣行にはこれもやはり好ましくないが、上流で雨が降っていないという意味では、いい知らせでもあった。水位が上がって帰れない、ということもないのだった。

 勢いよく流れている透明な水は一見、綺麗にみえるものの、上流に宿泊施設や牧場などがあることもめずらしくないので、飲んではいけないとされていた。

 空に薄く雲がながれはじめている。

 三時になったら、きりあげて帰り支度をはじめよう、と思った。いや二時半か。

 釣りはじめたときに比べて、遡るにつれ、川幅は半分、水量は四分の一くらいになっていた。かなり流速は早い。

 巨大な岩を迂回し、崖を登って堰堤の上に出ると、視界がひらけて木々の緑が後退し、石ばかりの、単調な白っぽい渓相がほぼまっすぐのびていた。

 人工的な感じがあった。両岸に三十メートルくらいの幅の平らな河原があって、左にはブルドーザー、右の高台にはヘリポートまであって、真直かでみると大きいヘリコプターがピカピカ光輝いて地上にあった。

 人影はない。バブルの時代、こんな山奥にも開発の波が押し寄せているのか、と思った。

 魚がいそうな淀んだ渕は、目にはいったかぎりでは、ひとつもなかった。これより上流に遡行しても、期待はもてそうもない、とはじめて胸の奥で挫けた。

 投げやりな気分で、それでもフライを浮かべて上流を目ざす。流れが速く、フライを目で追うのにかなりの困難をともなった。流れのほとんどない岸ちかくにも、抜かりなくフライを浮かべる。

 ヘリコプターをとおり過ぎて、二百メートルくらい遡上したところで、巾が三十センチくらいの、まあドブといってもいいような流れこみがあった。姿勢を低くして、フライを打った。ラインも、リーダーも、岸に落ちてしまうので、フライが自然に流れるのは、十センチくらいのものだった。ドラッグがかかるまえに、フライを水面からひき上げようとしたその瞬間、魚の尾びれが流れから、飛びだしてみえた。軽く合わせたつもりだったが、それでも強過ぎた。

 次の瞬間、ヤマメがドブからひき上げられて、石ころのうえで跳ねていた。

 強い合わせで、リーダーが合わせ切れしなかったのは、幸運といえた。ラインを弛ませて、ヤマメが跳ねて流れに戻ってしまう恐れもあったので、ほとんど小走りになって、獲物を手で掴んだ。冷たい躍動が手にあった。

 二十センチには満たない、十七、八センチのヤマメだった。綺麗なパーマーク、大きくはないが、小さくもない、東京の近郊では、まあまあのサイズである。いや、大きいとさえ、言えた。丸い黒い濡れた眼が私をみている。

 ヤマメを魚籠に滑りこませ、上流を目指した。

 毛バリでは餌釣りの十分の一の釣果しかのぞめない、と言われている。一尾でも釣れたら、上出来である。

 しかし、私は次の獲物を欲していた。巾が十センチにも満たない流れこみの支流を捨て、渓流だか工事現場だかわからない本流を、急ぎ足で釣りのぼっていった。

 ふと気づくと、魚籠のなかで、先ほどのヤマメが暴れていた。苦しいのだろう、と思った。苦しませるのは、本心ではない。

 私は拳大の尖った石をひろい、ヤマメを魚籠から取りだした。

 そうして、石の尖ったところで、ヤマメの延髄と思われるあたりを殴った。

 ヤマメは生きていた。

 さらに力をこめて二回、三回と殴った。写真入りの本で読んだとおりにしたのだが、ヤマメはビックリした顔の、生きた眼で、私をみていた。諦めて、ヤマメを魚籠に戻した。

 私は魚影のない川に、フライを打ちつづけた。

 釣果を得られた興奮が醒めて、思考能力がかえってきたのは、さらに遡上して工事現場が終わり、もとの馴染んだ渓相がみえたときだった。魚籠は静かになっていた。と同時に、帰りの予定時刻を大きく過ぎているのに気がついた。

 ラインをすべてリールに巻きこみ、フライ・ロッドをバラして、足音をたてるのを気にせずに、川原を下った。日は山の稜線のすぐ上に迫っていた。ヘリポートまである工事現場には、砂利が敷かれた、工事のためのわりと広い道があったが、はじめて入った山の、はじめての道を歩くのは、やめておいた方がいいだろう、と結論した。その日の唯一の獲物が棲んでいた、とても淵とは呼べない水溜りに視線がいった。

 足許は凸凹で、足首を捻ったりしたら、悲惨な状況に追いこまれると思った。しかし、注意深いとは到底いえない心理で、気忙しく脚を動かした。息が上がっていた。一時間くらいで、入渓した地点に戻った。斜面を登り、休む間もなく、午前にヘビをみた草っぱらを横切る。

 しかし、森がはじまるところで、とうとう日が完全に暮れてしまった。

 かまわず森に入る。

 真っ暗ななかを歩く。

 葉が茂っていて、星がみえない。

 二時間くらいして、同じところを歩いているのに、気がついた。森のなかを、ぐるぐる回っていたのだ。

 月が出たので、月にたいして一定の角度を保つようにした。歩く方向は、森に入ったとき、たしかめたのを信じる以外になかった。はなはだあやふやだったが。

 顔にクモの巣がかかった。

 巣の中央に鎮座している、手のひらほどもあるジョロウグモの姿を思い出した。ゆっくりと後退りして、クモの巣をよけた。虫が入らないように、釣用のベストの下は、長袖の、ハイネックの、ニットである。

 月との角度をたしかめて、さらに進む。

 ヘビには出くわしたくない、と思う。

 暗闇に、一対の眼が光っていた。凶暴な動物は青い眼、赤や茶色は、おとなしい草食の動物の眼。

 暗闇の眼は、青かった。しかし、眼の間隔と、眼の高さが地面から二十センチにも満たなかったので、肉食だとしても、せいぜいキツネくらいだろう、と思った。雑食のクマの眼が何色に光るかは、知らない。とにかくひと安心した。

 さらに二、三時間うろついて、ようやく森を出た。

 まともに月がみえ、満天の星が夜空にひろがっていた。明るかった。ほっとした。

 少し歩くとそこは崖の上だった。真下にバイクが暗闇をとおして見えた。ヒトのオスの帰巣本能は、たいしたものだと思った。どんぴしゃり、乗ってきたバイクの真上に出たのである。

 崖が急なので、朝と同様に、林道を山の頂上側にしばらく歩いて、いくぶん緩やかな夜の崖をくだった。





 アパートの、熱気のこもった部屋の窓を開けて、網戸の涼しい風を入れ、とりあえず裸になって、シャワーを浴びた。バイクの唯一の欠点といってもいい顔や、首や、髪に薄い膜となって貼りついた埃の層を手早く洗い流した。

 冷蔵庫をあけて、五百ミリの缶ビールを取り出し二口、三口飲んだ。だいぶ夜遅くなったが、ヤマメの塩焼きで、一杯やることにした。

 散々歩きまわった疲れの、甘い痺れのような感覚があった。魚籠から、ビニールの袋に入れたヤマメを取り出したとき、まだ気がつかなかった。

 鰓蓋をあけて鰓を切りとり、腹を裂いて内臓を取り、その内臓を、足許のゴミ箱に入れたとき、ようやくわかったのだった。長い間、迷い歩いて、時間がたっていたので、ヤマメは腐っていた。そして、あっ、という間に、魚の腐敗臭が狭い台所に満ちた。ヤマメの死んだ眼が虚空をみていた。

 ヤマメを捨て、まな板を洗い、包丁を洗い、シンクも洗った。

 ゴミ箱のなかのヤマメを捨てたレジ袋のクチを縛り、換気扇のヒモを引いた。

 それだけやって、台所を出た。

 万年床の脇の小さなお膳のまえに胡坐をかいた。換気扇の連続音がひびいていた。ビールを飲み、ビールがなくなると、氷を入れた焼酎をあおった。

 じんわりと酔いがまわる。

 何杯も焼酎をついだ。

 ヘリコプターが駐機していた、白っぽい工事現場が思い出された。不自然な、ほぼ同じ大きさの、拳大の白い石が川原に敷きつめられ、ブルドーザーが整地して、棲みかを追われたヤマメの生活を思った。美しいパーマークと、生気に溢れた黒い、丸い、濡れた眼がつぎに思い出された。ヒトは山奥の聖域に間違って入りこんだ悪霊だと思った。

 いまヤマメはゴミ箱のレジ袋に捨てられている。ようやくみつけた小さなちいさな淵で、揺れる川面をとおして、雲がいくつか浮かんでいる、青い高い空をヤマメはみていたのだろう。





 その日を最後に、私は一切の釣りをやめた。


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