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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第一章:因果の泥濘(でいでい)を断つ

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第6話:屍山血河の行軍

第6話です。

最大の裏切りを未然に、かつ物理的に粉砕した主人公は、そのまま反転攻勢に出ます。

次なる標的は、豊臣の恩を忘れ、私怨で徳川に尻尾を振った猛将・福島正則。

「個人の武勇」という古い価値観を、「鉄と鉛の飽和攻撃」で無慈悲に轢き潰す、血塗られた行軍をお楽しみください。

慶長五年九月十五日、午後一時。

 桃配山に陣を構える徳川家康の本営は、かつてないほどの凍てついた沈黙に支配されていた。


 床几に腰を下ろした家康は、己の親指の爪を、血が滲むほどにガリガリと噛み続けている。周囲を固める本多忠勝や井伊直政といった歴戦の重臣たちでさえ、その異常な空気に呑まれ、一言も発することができずにいた。

 彼らの眼前に広がる関ヶ原の盆地。そこで起きている現実は、家康が数年の歳月をかけて周到に描き上げた「天下簒奪の盤面」を、根底から破壊するものだったからだ。


「……内府(家康)様」


 斥候からの報告を持ってきた伝令が、泥にまみれた顔を伏せたまま、震える声で絞り出した。


「松尾山の、小早川秀秋様ですが……。山を下りたところを、麓に陣取っていた宇喜多勢の苛烈な鉄砲射撃に遭い、軍勢は完全に崩壊。……金吾(秀秋)様は、宇喜多秀家自らの手によって、陣中で討ち取られたとのこと……ッ! 小早川勢一万五千、事実上の壊滅でございます!」


 家康の噛んでいた爪が、パキリと嫌な音を立てて割れた。

 その顔は、長年の苦労の末にようやく手に入れた獲物を、見知らぬ怪物に横取りされたような、深い焦燥と困惑に歪んでいた。


「……宇喜多が、松尾山の麓にいただと?」


 家康の低く掠れた声が響く。


「備前中納言(秀家)は、笹尾山の前衛で福島や黒田とやり合っていたはずであろう。いつの間に陣を移した。いや、それ以前に……なぜ、金吾が裏切る刻限を完璧に読める? まるで、最初から全てを知っていたかのような……」

「わかりませぬ! 宇喜多の軍勢は全くの無音で移動し、気付けば松尾山の麓に横隊を敷いておりました。しかも、あの鉄砲の数と連射の速度は尋常ではありませぬ! 我らが知る宇喜多勢とは、全くの別物にございます!」


 老狸の背筋に、冷たい汗が伝った。

 家康は恐れたのだ。石田三成の理屈っぽさでもなく、島津の狂気でもない。盤面の外から突然現れ、己の描いた完璧な「史実の脚本」を物理的な暴力で引き裂いていく、宇喜多秀家という正体不明の「異物」を。


「……陣を崩すな。前線の諸将に伝えよ。宇喜多を止めるのだ。あれを野放しにすれば、この戦、我らの負けになるやもしれんぞ」


 家康の呟きは、関ヶ原の喧騒の中に虚しく吸い込まれていった。


     ◇


 同じ頃。

 松尾山の麓を血の海に変えた俺――宇喜多秀家は、転がった小早川秀秋の生首を一瞥し、刀についたべっとりとした血糊を泥に擦り付けて落としていた。


「閣下。残敵の掃討、完了いたしました。逃げ遅れた小早川の兵は、全て処理済みです」


 明石全登が、硝煙の臭いを纏いながら歩み寄ってくる。彼の顔にも、無数の返り血が斑点のようにこびりついていた。


「味方の損害は」

「皆無に等しいです。一方的な射撃の的にしたのですから。……児島党の兵たちは、疲労の色も見せず、次なる指示を待っております」


 俺は頷いた。

 素晴らしい。四百年後の知識と、俺の狂信的な執念が生み出したこの軍隊は、戦国という時代の常識を完全に凌駕している。個人の感情や名誉欲を排除し、ただ無機質な作業として人を殺すことを教え込まれた三百の鉄砲隊。その後ろに控える、一糸乱れぬ長槍隊。


「全登。息をつく暇はない。我々はこれより、反転して盆地の中央へ突入する。狙うは東軍の左翼――福島正則の軍勢だ」


 福島正則。

 豊臣秀吉の子飼いとして育てられ、賤ヶ岳の七本槍として武名を馳せた男。

 だが、あいつは石田三成への私怨を優先し、家康という最大の脅威に尻尾を振った。秀吉様がどれほどの思いで豊臣の世を築いたか、その黄金の夢の価値を微塵も理解できず、ただ目先の感情だけで動く単細胞の猪。


「俺は、小早川秀秋の弱さよりも、福島正則の『恩知らずな愚かさ』の方が万倍も腹立たしい」


 俺は馬に跨り、南東の方角――激戦が続く盆地の中央を睨んだ。


「秀吉様から飯を食わせてもらいながら、その恩を仇で返す豚どもは、俺がこの手で全て解体してやる。……全軍、進発。歩みを止めるな。立ち塞がる者は、徳川であろうと味方であろうと、全て肉塊に変えろ」


 一万七千の宇喜多軍が、再び無音の行軍を開始した。

 小早川という巨大な腐肉を喰らい尽くし、さらに凶暴さを増した獣の群れが、泥濘の関ヶ原を東へと這っていく。


 盆地の中央では、福島正則の軍勢およそ六千が、本来宇喜多が受け止めるはずだった空白地帯を抜け、大谷吉継や小西行長の陣に猛攻を仕掛けていた。

 福島の陣からは「一番槍は我らぞ!」「三成の首を獲れ!」という、戦国時代特有の功名心にまみれた熱狂的な怒号が響いている。彼らは、自分たちが歴史の勝者になるのだと信じて疑っていない。


 俺はその狂騒の横腹に、音もなく近づいた。

 福島の兵たちは、目前の敵に夢中で、自分たちの左側面――本来なら安全地帯であるはずの松尾山方面から、巨大な黒い波が迫っていることに全く気付いていなかった。


「全登。距離三十間(約五十四メートル)。……構え」


 俺の静かな声に合わせ、最前列の児島党三百が、一斉に種子島を構えた。

 彼らの瞳には、猛将・福島正則への畏怖など欠片もない。ただ、そこにあるのは無機質な的だ。


「……掃除の時間だ」


 感情の欠落した号令。

 直後、関ヶ原の盆地に、本日二度目となる致命的な落雷が轟いた。


 ドドドドドォン!!


 横合いから放たれた三百の鉛玉が、福島軍の左翼を完璧なまでに蹂躙した。

 密集していた足軽たちの胴体が弾け、血飛沫と内臓が泥の中に撒き散らされる。名乗る暇も、槍を構える暇すら与えない。純粋な物理的暴力が、武士の誇りを一瞬にして紙屑に変えた。


「な、なんだ!? 敵襲か!? どこから撃ってきやがった!」


 福島の陣が大混乱に陥る。

 だが、児島党の攻撃は一過性のものではない。彼らは俺が教え込んだ、人体の骨格と筋肉の理から逆算した無駄のない装填手順に従い、無感情に、そして極めて迅速に次弾を放った。


 第二射、第三射。

 息継ぎの隙すら与えない連続射撃の前に、福島軍の左翼は文字通り溶けていった。

 人間がどれだけ勇猛であろうと、音すら置き去りにして飛来する鉛の塊の前では、ただの柔らかい肉袋に過ぎない。悲鳴が連鎖し、隊列が崩壊していく。


「おのれェ! どこから横槍を入れおった! 備前の中納言(秀家)か! 逃げたのではなかったのか!」


 阿鼻叫喚の最前線に、一際巨大な体躯の男が馬を駆って現れた。

 水牛の脇立兜に、大身の槍。福島正則だ。

 その顔は、予想外の奇襲に対する怒りと、味方が一方的に屠られていく現実への信じがたい驚愕で真っ赤に染まっている。


「秀家ァアアッ!! 卑怯な真似を! 正々堂々と俺と勝負せぇいッ!」


 正則の咆哮が、戦場に響き渡る。

 いかにも戦国武将らしい、個人の武勇に依存した一騎討ちの要求だ。史実の俺なら、あるいはその挑発に乗って槍を合わせたかもしれない。


 だが、俺は兜の下で、虫けらを見るような冷ややかな笑みを浮かべた。


「全登。あの水牛の兜だ」

「はっ」

「……撃て。一騎討ちなどという無駄な真似に付き合う義理はない」


 俺が指差した瞬間、児島党の銃口が、一斉に福島正則とその側近たちへと向けられた。

 正則が目を見開き、何事かを叫ぼうとした刹那――。


 轟音。

 数十発の鉛玉が、正則の周囲を固めていた馬廻衆を容赦なく吹き飛ばした。

 正則自身は咄嗟に身を伏せたことで直撃を免れたようだが、乗っていた馬が頭部を撃ち抜かれて絶命し、その巨体ごと泥の海へ放り出された。


「ぐふぅッ……! お、おのれ、武士の風上にも置けぬ外道が……ッ!」


 泥まみれになりながら悪態をつく正則。

 俺は馬から降り、ゆっくりとその泥濘へと歩み出た。

 周囲の福島兵たちは、圧倒的な火力と俺の纏う狂気に気圧され、誰一人として近づくことができない。


「外道、か」


 俺は愛刀を抜き、倒れた正則を見下ろした。


「秀吉様に拾われ、育てられながら、あの狸の甘言に乗せられて豊臣を割ったお前たちに言われたくはないな」

「黙れ! 治部(三成)のような小賢しい輩が幅を利かせる世など、俺は認めん! 俺は俺の槍で、この世を……」

「古いな。お前のその頭の中身は、すでに数十年遅れている。……だから、ここで死ぬんだ」


 俺は刃を振り上げた。

 だがその時、東の方角から、大地を揺るがすような騎馬の蹄の音が響いてきた。

 黒の甲冑に身を包んだ精鋭部隊。「井伊の赤備え」ならぬ、黒田長政の鉄砲隊と、井伊直政の軍勢が、崩れかけた福島陣を救うべく側面から突撃してきたのだ。


「……ちっ。老狸め、やはり手回しが早い」


 俺は舌打ちをし、正則へのトドメを諦めて後退した。

 今の我々の目的は、個別の将の首を獲ることではない。西軍という崩壊しかけの組織が完全に消滅する前に、この狂気の刃を家康の喉元に届かせることだ。


「全登! 長槍隊を前に出せ! 鉄砲隊は後退しながら装填を維持しろ! ここは素通りする。我々の進む道は、ただ一つだ」


 俺は刀を前方に突き出した。

 その先、数万の敵兵がひしめく盆地の最奥。

 桃配山の麓に翻る、金扇の馬印と、「厭離穢土欣求浄土おんりえどごんぐじょうど」の旗。

 徳川家康の本陣だ。


「道を開けろ、恩知らず共。……俺は、あの老狸を殺しに行く」


 宇喜多秀家一万七千の死装束を纏った軍勢が、屍山血河を築きながら、天下人の首を目指して一直線に進撃を始めた。

 誰もが知る歴史の筋書きは、すでに修復不可能なほどに粉砕されている。

 残るは、家康の命のみ。

 狂犬の牙が、ついに天下の喉元へと迫ろうとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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