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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第一章:因果の泥濘(でいでい)を断つ

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第3話:鉄と鉛の論理

第3話です。

今回は合戦の準備段階、現代の知識と冷徹な合理主義で軍隊を「殺人機械」へと変貌させていく主人公を描きます。

感情を排した狂気をお楽しみください。

慶長五年、初夏。

 備前国、旭川の河川敷に設けられた広大な練兵場は、むせ返るような硝煙の臭いと、初夏の湿気を帯びた泥の匂いに支配されていた。


「構え」


 無機質な号令が響く。

 ずらりと横一列に並んだ百名の兵士たちが、一切の無駄を削ぎ落とした動作で、一斉に種子島(火縄銃)を肩に当てた。彼らの顔に、戦場特有の高揚や、手柄への野心はない。あるのはただ、教え込まれた手順を機械的に反復する、異様なまでの静けさだけだ。


「放て」


 轟音。

 百の銃口から一斉に火が噴き出し、白煙が視界を遮る。百メートル先の木製の的が、鉛玉を浴びて木端微塵に砕け散った。


「次列、前へ」


 発砲を終えた第一列が後退し、即座に装填済みの第二列が進み出る。その後ろでは、第三列が火薬と鉛玉を銃身に押し込んでいる。

 流れるような三段撃ち。

 織田信長が長篠の戦いで用いたとされるこの戦術自体は、この時代においても決して未知のものではない。だが、俺が「児島党」に叩き込んでいるのは、そんな生易しい戦技の延長線上の代物ではなかった。


 戦国時代の合戦というものは、極論すれば「個人技の集合体」である。

 一番槍を競い、名乗りを上げ、敵の首級しるしを挙げて恩賞に預かる。武士たちは己の武名を高めるために命を懸け、それが戦の熱狂を生み出していた。

 だが、現代の知識を持つ俺からすれば、それは信じられないほど非効率的で、制御不能な「バグ」の温床でしかない。個人の功名心などという不確定要素は、緻密な戦術を運用する上で最大の障害となる。


 だから俺は、児島党から「武士の誇り」を徹底的に抜き取った。


「……遅い。装填に十五秒かかっている。お前が火蓋を切るのを手間取っている間に、敵の騎馬は十間(約十八メートル)進む。それは即ち、隣の味方が槍で喉を突かれるということだ」


 俺は白煙の中を歩き、一人の若い兵士の前に立ち止まった。

 彼は血の気を引き、小刻みに震えながら膝をついた。


「申し訳、ありませぬ……ッ! 火薬の量が……」

「謝罪は不要だ。戦場で言葉は人を殺さない。人を殺すのは鉄と鉛だけだ。……手順を省略するな。だが、決して滞らせるな。お前たちは戦士ではない。巨大な歯車の一部だ。俺の脳が『撃て』と命じた瞬間に、一切の感情を交えずに引き金を引く指先だ」


 俺は冷たい声で言い放ち、次列の装填作業へと視線を移した。

 彼らの使う種子島は、備前中の鍛冶屋を総動員して規格を統一させた特注品である。口径を揃え、さらに「早合はやご」と呼ばれる、一回分の火薬と鉛玉を竹筒や紙でまとめた弾薬包を大量に用意させた。

 これにかかる莫大な費用は、先の「宇喜多騒動」で粛清した戸川や岡といった老臣たちの屋敷から没収した隠し財産で全て賄っている。彼らの溜め込んだ黄金が、こうして徳川の兵の肉を裂く鉛へと錬成されているのだと思うと、実に合理的で美しい因果だった。


「……閣下。よろしいでしょうか」


 練兵場の隅から、明石全登が泥を跳ね上げながら近づいてきた。

 彼の眼差しには、主君への忠誠と共に、底知れぬ恐怖と畏敬が混ざり合っている。無理もない。長年宇喜多を支えてきた重臣たちを虫でも潰すように一晩で惨殺した男が、今度は領内の若者たちから感情を奪い、殺人機械へと作り変えているのだから。


「会津の上杉景勝が、内府(家康)からの上洛命令を拒絶したとのこと。……直江兼続が、痛烈な書状を叩きつけたようでございます」

「直江状、か。……歴史が、動き始めたな」


 俺は空を見上げた。

 梅雨特有の、鉛色の重い空。この空の向こうで、家康という老狸が、豊臣の天下を簒奪するための巨大な盤面を動かし始めている。

 上杉討伐を名目に大軍を率いて東へ下り、その留守を突いて石田三成が挙兵する。家康はそれを待っていたかのように反転し、天下分け目の決戦へと持ち込む。

 すべては、歴史の教科書に書かれていた通りの筋書きだ。


「全登。家康は遠からず、大坂を発つ。それに呼応して、治部少(三成)も動くはずだ」

「治部殿が? しかし、あの御仁は人望が……」

「ああ、無いな。あいつは正論ばかりを吐き、人の感情という泥臭いものを理解していない。だから、福島や加藤といった武断派の猪どもは、皆こぞって家康の尻尾を振るようになる」


 俺は自嘲気味に笑った。

 現代の知識を持つ俺だからこそわかる。石田三成の目指す官僚主義的な統治機構こそが、本来ならば次の時代に必要とされるものだった。だが、戦国という血生臭い時代を生き抜いてきた者たちには、彼の理屈は冷たすぎたのだ。

 皮肉な話だ。感情を排した殺戮機械を作り上げているこの俺が、三成の冷たさを評価しつつも、最後に行き着く行動原理は「秀吉様への狂信的な恩義」という極めて非論理的な感情なのだから。


「我らは、治部少に味方いたしますか」

「当たり前だ。俺は秀吉様が作ってくれた、あの温かい黄金の世を守る。それ以外の全てはどうでもいい」


 俺は愛刀の柄を撫でた。


「だが、治部少の描く戦略通りには動かない。あいつの頭の中の盤面には、人間の『裏切り』という致命的なもが計算に入っていないからだ。……特に、小早川秀秋という腐りきった屑がな」


 全登は、その名を聞いて顔をしかめた。

 小早川秀秋。秀吉の養子でありながら、秀次事件の余波で冷遇され、家康にすり寄っている男。史実において、関ヶ原で西軍を壊滅させる最大の要因となる男だ。


「全登、児島党の仕上がりは上々だ。感情のない完璧な歯車に仕上がっている」

「はっ。命じられれば、実の親兄弟であろうと躊躇いなく撃ち殺すでしょう」

「それでいい。……九月。濃霧に包まれた山の中で、小早川の軍勢は必ず俺たちを裏切り、背後から襲いかかってくる」


 俺の言葉に、全登は目を見開いた。まるで、俺が未来を見てきたかのような断言だったからだ。事実、その通りなのだが。


「その時、この鉄と鉛の論理が完成する。秀吉様の恩を忘れた豚どもが、陣形を崩して山を駆け下りてきたところを、この児島党の十字砲火で一匹残らず肉塊に変える。……戦などという生易しいものではない。ただの『廃棄処理』だ」


 俺は再び、練兵場に視線を戻した。


「全列、構え」


 俺の号令に、再び百の銃口が虚空を睨む。

 金属と金属が擦れ合う冷たい音が、初夏の風に乗って響いた。

 そうだ。これでいい。熱い感情は俺一人の腹の底で煮えたぎっていれば十分だ。手足となる兵士たちには、ただ冷徹な鉛の雨を降らせる機械であってほしい。


 徳川家康。

 お前が描く天下泰平の図面など、俺がこの手で、物理的に引き裂いてやる。

 俺は泥濘の中に立ち尽くし、ただ静かに、その日――九月十五日の関ヶ原の朝を思い描いていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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