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【超短編小説】他人エレベーター人生

掲載日:2025/12/29

 妻と一緒に近所にある駅ビルで本屋を覗いたり手芸屋を冷やかした後、コーヒーチェーン店でサンドイッチとコーヒーを買った。

「こんなんで良かったの?」

 デパ地下とかの弁当とかってのも、と言うと

「上を望めばキリが無いから」

 ロブションとかは無理だしさ、と言った。

 妻に悪気が無いのは分かる。そしてそれが独特の肯定だと理解できるようになったのは最近のことだ。


 屋上の駐車場に向かうエレベーターに乗り込むと、ベビーカーの中ではしゃぐ赤子の足が俺の荷物に当たった。

 それは単なる事故であり、別に気にするほどの事では無い。

 よくある話だ。

 だが赤子の母親は即座に

「だいちゃん、蹴ってるよ。ちゃんとお座りしよっか」

 と言って、浅い座り方をしていた赤子を深く座らせ直した。


 微笑ましい光景だった。

 俺は妻に目配せをして微笑む。

 自分たちが選択しなかった未来と言うものが仮に目視できるとしたら、こんな休日を過ごすのかもしれない。

 だがそんな平和な空想を破った者がいた。

「だいちゃんは蹴ったりしてないもんね」

 ベビーカーの傍らに立っていた老婆だ。

 だいちゃんと呼ばれた赤子の祖母と思しき老婆は、赤子を覗き込みながら言った。


 赤子の足がぶつかった、それを蹴りと認識するほど狭量では無い。

 勿論、そんな事で怒ったりしない。

 注意もしない。

 ガキのした事だ、悪意も何もあったもんじゃない。

 気にするなよ、そんなもんだ。

 ……と言うのを決めるのは俺だ。ババア、お前じゃあない。


 エレベーターの中に微かな緊張感が走る。

 ババアは赤子から顔を上げて俺を見た。

「ねぇ〜?蹴ってないよねぇ〜?」

 ババアの邪悪な目が挑発するように光る。

 俺は自分が怒りで膨れ上がりつつあるのを自覚した。

 しかし妻が袖を引く感覚でどうにか自分を抑え込んだ。


 ババアは相変わらず覗き込むように俺を見ながら

「ねぇ〜?だいちゃんは蹴ったりしてないもねぇ〜?」

 と繰り返している。

 母親は何も言わない。

 俺はひとつ深呼吸をしてから、家庭災園で買った種の詰め合わせをそっと取り出してババアの手提げに忍ばせた。


 八階の駐車場に着くまでの間、ババアは俺に向かってずっと

「ねぇ〜?蹴ってないもんねぇ〜?」

 と繰り返していた。

 そしてエレベーターのドアが開くと、ベビーカーを押した母親は俺に軽く頭を下げながら降りて行った。


 一緒に降りるだろうと思っていた、だいちゃんの祖母と思しきババアは急に静かになり、正面を向いて澄まし顔になった。

 そして12階の最上階駐車場に着くと、そのまま何も言わずに降りて行った。

「まぁ、そう言うもんでしょ」

 妻はアッサリと言って、飲み終えたコーヒーカップを放り投げた。

 コーヒーカップは放物線を描くと、ババアの頭に当たって弾けた。

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