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スキゾイドと自死

――なぜ「選択肢になりにくい」のか、そして例外はどこにあるのか


自死は一般に、強い絶望や喪失感の帰結として理解されることが多い。

その背景には、しばしば「人との関わり」がある。


信頼していた相手からの裏切り、

家族や居場所を失うこと、

評価や承認を支えていた関係の崩壊。


つまり多くの場合、自死とは

他者との関係に期待し、それが破綻したときに生じる断絶と深く結びついている。


では、他者にほとんど期待しない人間にとって、自死はどのような意味を持つのだろうか。


◆スキゾイドは「期待」を前提にしていない


スキゾイド・パーソナリティ傾向をもつ人は、

人間関係・所属・評価を人生の基盤に置かない。


* 理解されたい、支え合いたいという欲求が弱い

* 他者からの承認を自己価値と結びつけない

* 関係性を失うことが、人生の崩壊と直結しにくい


そのため、

人間関係の破綻が、即座に絶望へ転化しにくい。


これは「冷淡だから」「感情がないから」ではない。

そもそも期待の初期値が低いため、

失望の振れ幅自体が小さいのである。


この構造から、

対人関係を起点とする典型的な自殺回路とは距離が生まれる。


◆鬱と自死への耐性


スキゾイドは、

評価・責任・過剰な役割期待から生じる鬱に対して、比較的耐性がある。


* 責任をおっかぶせられそうになると、撤退する(離脱)

* 所属や役割に固執しない

* 「逃げる」ことを失敗や恥とみなさない


結果として、


* 燃え尽きる前に環境を切る

* 人間関係を整理する

* 最悪の場合でも「辞める」「離れる」を選ぶ


という行動が取りやすい。


このため、

追い詰められて動けなくなり、自死に至るという経路に入りにくい。


◆ 喪失や被害に対する反応の違い


では、人間関係ではなく、

資産や生活基盤を奪われるような深刻な被害を受けた場合はどうか。


この場合でも、スキゾイドは


* 無力感や自己否定に沈むより

* 原因や加害対象を明確化し

* 怒りや恨みといった外向きの感情に切り替える


傾向がある。


絶望によって内側に崩れるのではなく、

「対処」「回復」「生き延びる理由」へと感情を接続する。


この点でも、

自死が第一の解として浮上しにくい。


◆それでも存在する「例外的な自死」


ここまで述べた構造を踏まえても、

スキゾイド的傾向をもつ人物が死を選ぶ可能性を、完全に否定することはできない。


象徴的な例として、海外で報じられた次のような事例がある。


> 高齢の夫婦が、庭や家屋を丁寧に整え、家財を整理したうえで、互いに銃を向けて心中した。

> 明確な遺書はなく、背景には「介護を受けて他人に迷惑をかけるくらいなら、自分たちで死期を決める」という価値観があったと推測されている。


このケースは、


* 感情的絶望

* 見捨てられ体験

* 衝動的判断


による自殺とは明確に異なる。


ここで中心にあるのは、

他者に人生を委ねることへの拒否である。


介護とは、

他人との密接な関与を不可避にする行為であり、

スキゾイド的構造にとっては、主体性の喪失に等しい。


この場合の死は、

「生きられなくなった」結果ではなく、

「他者介入を拒否し続けた結果として選ばれた終結」と見る方が近い。


◆ 構造としての結論


以上を総合すると、次のことが言える。


* スキゾイドにとって自死は、

絶望や感情的破綻から導かれる選択肢になりにくい

* 例外的に死を選ぶ場合でも、その動機は

「関係性への失望」ではなく

「主体性喪失への拒否」であることが多い


したがって、

スキゾイドの死は、一般的な自殺モデルでは説明しきれない。


◆捜査・理解の視点として


この構造を踏まえるならば、

スキゾイド的傾向をもつ人物の不審死については、


* 本人の性格構造

* 対人期待の低さ

* 逃げや撤退が可能だった状況か

* 外部からの圧力・加害可能性


を慎重に検討する必要がある。


単純に「自殺」と即断するのではなく、

状況によっては、


自殺と他殺の両面から捜査・検討することが理想である。


それは疑念を煽るためではなく、

当人の心理構造を正しく理解するために必要な態度である。


◆ 結語


スキゾイドは、

静かで、主張せず、集団を作らない。


だからこそ、

その死もまた見落とされやすい。


しかし、

「静かな人間ほど、雑な理解をしてはならない」。


この論考が示すのは、

スキゾイドの自死を否定することではなく、

安易な理解を拒否する必要性である。


――それが、この結論の核心である。

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