スキゾイドが結婚相手を求めてみる
スキゾイドにとって家庭は煩わしいものだ。そのことを本当に自覚できるのは、年齢を重ね、食欲が細り、性欲が枯れかかった段階になってからだろう。欲望のエネルギーが減ったとき、初めて「他人と暮らすことの負荷」を実感する。
だが、あえて「まだ性欲がある段階」を仮定して、結婚相手を求める文言を考えてみるとどうなるか。
「若くて美しい異性と契約結婚を求めます。当方はスキゾイドであり、現在は派遣社員としても長く続かず経済性はありませんが、あなたを殊更煩わす気もありません。住居を分け、財産もある程度分けて、税金対策に結婚が有効とみられる方、あるいはスキゾイド研究のためにスキゾイドの子どもを求める方などを募集します。」
――と、こうなる。
しかし改めて読み返すと、これはほとんどスキゾイドの主観だけで書かれており、相手にとってのメリットが皆無だと気づく。
もし本気で相手を募るなら、もう少し現実的なお金の話や生活の契約内容を詰める必要があるだろう。だが今の僕には、そこまで欲望もない。
若いころは確かに「誰かと結婚したい」と思ったこともあった。だがそれは、相手を求める気持ちというより、「欲望を処理する仕組み」を欲していただけなのかもしれない。
その欲が和らいだ今となっては、結婚という制度の必要性も、当時よりはるかに小さく見えている。




