表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/88

スキゾイドは精神ではなく構造である

――身体的個性としての再定義


「人格障害」という言葉には、長いあいだ偏見が付きまとってきた。

まるで性格に欠陥があるかのように、道徳や努力の問題にすり替えられてきたのである。

だが、スキゾイド(分裂性パーソナリティ)の本質は、倫理でも性格でもなく、構造だ。

脳の情報処理の仕組みそのものに由来する“身体的個性”であり、精神論では捉えきれない領域にある。


1. 精神は身体の機能の一部である


スキゾイド的傾向――感情の希薄さ、社会的動機の低下、思考の内向化、感覚の過敏――

これらは後天的な性格形成よりも、むしろ神経回路の配線の癖に近い。

たとえば、他者との共感や社会的快楽を担う前頭葉・扁桃体の活動が弱く、

逆に論理的・抽象的な情報処理を司る領域が強く働く。

それは「感情を捨てて理屈を選んだ」結果ではなく、初期設定としてそうなっているだけのことだ。


つまり、スキゾイドの「精神」は意志の結果ではない。

精神活動そのものが“身体の一機能”である以上、彼らの在り方は生理的現象なのである。

そこに倫理的な善悪を持ち込むのは、物理法則に性格を問うようなものであろう。


2. 遺伝という、沈黙の構造


スキゾイドはしばしば家系に似た傾向を持つ。

無口な父、几帳面な祖父、孤独を愛した曽祖父――そうした形で、

“対人よりも思索”というベクトルが静かに受け継がれていく。

いわば、神経系の遺伝的変異が長い時間の中で細々と伝わってきた結果である。

その意味では、スキゾイドは社会的少数派であると同時に、

人類の進化が生み出した一つの「思考特化型サブ種」と言ってもよい。


3. 治すべきものではなく、構造として理解すべきもの


スキゾイドを「治療対象」として扱う発想は、前提から誤っている。

彼らの生きづらさは、社会が神経多様性を前提に設計されていないことによるものであり、

彼ら自身の存在が欠陥だからではない。

集団行動、感情共有、空気を読む能力――それらが標準とされる社会設計において、

スキゾイドは常に“エラー”として扱われてしまう。

だが、それは人間の側の多様性を受け入れられない社会構造の欠陥でもある。


4. スキゾイドは「精神の障害」ではなく「神経構造の特性」


人が皆、共感と社交で社会を築くわけではない。

誰かが理屈を整理し、整合性を点検し、感情から距離を取って世界を記述している。

その無感動な観察者たちによって、人類は混沌を体系化してきたのだ。


…などと言いながら、集団になじめない人格障害=神経構造は、社会的にはどこまで行っても異物であり、治療の対象と見做されるであろうな、と思う。

ただ単純に、静かな環境を得やすい社会がいいな、という願望があるのみである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ