初任務
「お待たせしました」
「誠志、よく来たわ」
「霧河さん、何で俺を?」
「今話すわ。さ、二人とも座って」
誠志が降りてきたときにはすでに、依頼者の姿はなくなっていた。しかし、依頼者がいなくなったからと言って誠志を呼んだわけではなさそうだ。
愛月は、目の前にあるPC画面を操作したのちに、誠志の方に画面を向けて状況説明を始めた。
「率直に言うわ。誠志、あなたに依頼の協力をお願いしたいの」
「え?!俺にですか?!」
「そうよ。これを見て頂戴」
愛月がパソコンのエンターキーを叩くと、一通のメールが開かれた。そこには短く『蒼井誠志を同行させろ』と書かれていた。今朝の手紙と言い、なぜ現状の誠志に関連した文章が届くのか、理由は分からない。たまたまなのか、誠志を学生治安維持委員会に入れたいと考える何者かがいるのかはわからないが、これを利用しない手はなかった。
「これは…どうしたんですか?」
「ついさっき、届いたものよ。送り主は…本部長ね」
「本部長?!」
愛月の発言に、真っ先に反応したのは莉穂だった。
本部長、愛月の職が支部長であるのを見るに学生治安維持委員会の最高権力者の職か、それに近しいものであるのは間違いない。莉穂の反応を見るに、そうそう相見えるような人ではないのだろう。
「どうして、本部長が誠志さんを?」
「さぁ、そこは私にもわからないわ。でも、幸か不幸か本部から協力の許可は下りた。これで、心置きなく誠志を連れまわせるわ。早速で悪いけど、誠志協力してくれるかしら?」
「もちろんです!」
誠志は、ふたつ返事で愛月の言葉に対する返答をした。
許可が下りた、と言っても連行を強制させられているわけではない。連れていくかは、愛月たちの判断次第だ。少し前の誠志なら、自分を連れて行っても意味がないと言っていたかもしれない。現に、それは話を聞いて誠志自身が思ったことだ。だが、それを言葉にするのは違う。誠志は決めたのだ、今の目標は学生治安維持委員会に入ること。そのためならば、なんだってやると。
「それで、俺はどの依頼を手伝えばいいですか?」
「莉穂、説明お願い」
「はい」
莉穂はそう言うと、手に持っていた書類を机の上に置いた。そこには、依頼者の情報と何を依頼するかの内容などが書かれていた。
ーー『依頼書』ーー
2023年 4月16日
担当 : 学生治安維持委員会第五支部
依頼者名 : 古幡一郎
依頼内容 : 落とし物探し
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「落とし物探し?」
「依頼者は、第五区画在住の古幡一郎さん四十三歳。一人暮らし。本日、朝のランニングを終え帰宅した際、家の鍵を紛失していることに気が付き、その足で学生治安維持委員会第五支部を訪ねてきました。依頼者は、午後から用事があるそうで、鍵業者を手配し自宅にお戻りになられました」
普通、家の鍵をなくした場合は警察に遺失届をだしたり、自分で探しに行ったりするはずだ。後者に関しては、午後から用事があったのだからしなかったのだと思われるが、前者に関してはなぜしなかったのか。警察と学生治安維持委員会の管轄の違い…それを誠志はまだ理解しきれていなかった。
「誠志、その顔、なんで学生治安維持委員会がこの依頼を引き受けているのか分からないって顔ね」
「は、はい」
「簡単に言えば、規模の違いね。この都市内で見れば、警察よりも学生治安維持委員会の方が人員も多いし、それに学生治安維持委員会なら超能力者も多いしね」
要するに、交番でするような役割を学生治安維持委員会が担っているのだろう。特段学生治安維持委員会でないといけないといった理由はなさそうだが、おそらく学生に社会貢献を経験させる側面もあるのだろう。しかし、給料が払われているのであれば、ボランティアやプロボノとはまた少し違うようだ。
「あれ?そういえば、第五支部って何人ほど所属しているんですか?」
「ん~だいたい三百人くらい?」
「三百…」
多いのか少ないのかを一瞬で判断できず、誠志は数秒間頭を使うことになった。しかし、基準がわからないがために結局答えが出ずにいた。でも、一つだけわかることがある。この施設の大きさには、三百人は到底入りきらないということだ。
「昨日今日で、まだ四人にしか会ってないんですけど」
「あぁ、それはほとんどが在宅勤務だからですよ。私含め、役職を持っている人や日直の人はここに来るんですけどね」
「そうよ。学生治安維持委員会は給料が出るから、バイトとして利用する人が多いわ。だから、依頼が舞い込んできたときだけ動く人がほとんどというわけ」
「ということは、今回も何人かに連絡を?」
「もちろん。時間が時間だから、起きている人にしか連絡してないけど、二人来てくれるそうよ」
バイト…といっても学生治安維持委員会に入れているので、試験はしっかり突破しているのだろう。そしておそらく、超能力者であるはずだ。捜索特化超能力なのか、まったく関係ないのかはわからない。どちらにせよ、誠志にとってはとても参考になるには違いないからだ。
「さ、行くわよ」
「はい!」
そう言うと、誠志と愛月は学生治安維持委員会を後にした。誠志にとっての初任務、どこまでやれるかはわからないが、全力で挑むまでだった。