二人だけの密談
「さ、誠志。好きなところに座るといい」
「は、はい」
誠志は、瑠真から数えて二つ先の椅子に座った。愛月と莉穂以外ではじめてできた知り合い…それも男の。時間があったら話してみたいとは考えていたが、まさかこんなにもすぐに機会が巡ってくるとは思ってもみなかったので、瑠真と話すための準備ができていない。
そのため誠志はとりあえず、今は瑠真の話を聞くことにした。
「それで、話とは?」
「ん?ん~特にないぞ?」
「え?!」
予想もしなかった返事に、思わず誠志は飛び上がってしまった。如何にも話がある的な雰囲気を醸し出していたので、何か言いたいことがあると誠志は考えていた。しかし、それは全くの見当違いであった。
「話があるから、俺のことを待ってたんじゃないんですか?」
「ん?違うぞ。あれは、最近見たドラマに影響されただけだから、特に深い意味はないな…それに、瑠真が誠志に話せることなんて何一つもないしな」
「えっ、それは…どういう?」
「瑠真は、学生治安維持委員会の中でも例外な存在、超能力者ではないしな」
誠志は、瑠真の自己紹介を思い出した。確かにそこで、瑠真は「超能力者ではない」と言っていた。さらに「PC関係では誰にも負けない」とも…。
瑠真は、オフィスチェアを回して机に向かうと、キーボードを叩き始めた。
「瑠真は、元々体が弱くてな。超能力に体が耐えられるか怪しかったから、超能力開発を受けなかったんだ」
「…」
「それでも学生治安維持委員会にいられるのは、PC関連のスキルがあったおかげだな」
超能力者ではないのに、学生治安維持委員会にいる。それは、今の誠志が目指している場所だ。しかし、誠志と瑠真は根本的に違っている。瑠真は、超能力者にならなかった。誠志は、超能力者になれなかった…まだ、そうと決まったわけではないが。とにもかくにも、この意味の違いはとてつもなく大きい。人から見られる場合も、自分自身の心情も。
「新槙さんに、一つだけ聞きたいことがあります」
「なんだ?何でも聞いていいぞ」
「それでは…超能力者になれないと知ったとき、どんな気持ちでしたか?」
誠志は、まだ超能力者かもしれない。どんな力を持っていようとも、持ってさえいれば超能力者だ。それはおそらく、未来都市においても、かなりの力を持つ肩書。持つ者と、持たざる者には尋常ではないほどの格差が生まれているのかもしれない。少なくとも、超能力者であることがデメリットとして働く場面は滅多にないのであろう。
その利益を得られないと知ったとき、他人からどんな目で見られるのかなんとなく察してしまったとき、瑠真はどう思ったのか。踏み込みすぎだとは思っていても、今の誠志にとっては死活問題だ。もし、今の誠志が超能力者であるという肩書を得られなかったらどうなるのか…容易に想像できる。
「ん~そうだな…"やっぱりそうか"って感じだったな。体が弱いのは分かっていたし、運動も苦手だったから、なんとなくだけど、そう思ってたんだ。だから、あんまりがっかりはしなかったな」
「そうですか…」
瑠真は大人だ。誠志よりもしっかりしている。それに比べて、誠志は心の奥底でおびえてしまっている。超能力者ではなかったとき、周りからどう見られるか。いじめとは程遠い人生を送ってきた誠志に、それが耐えられるのかも分からない。
誠志にはこれと言って特筆できる特技も何もない。これは言い訳にしかならないが、誠志の逃げ道としてはとても甘い蜜だった。
「…大丈夫だぞ、誠志」
「え?」
「誠志にどんな問題があっても、瑠真は誠志を応援しているぞ」
「…」
「それに、ここにいるメンバーで、そんなことを気にしてる奴なんていないからな」
誠志の頭の中に、愛月と莉穂の顔が浮かび上がってくる。あの二人なら、誠志が超能力者であろうともなかろうとも、今のまま接してくれるだろう。しかし、ほかのメンバーが二人と同じかわからない。むしろ、同じであるはずがない。その思考が、誠志の脳内にあふれてしまっている。
「安心しろ。瑠真がいるし、支部長もいる。始めから上手くいくかは、瑠真にも分からない…でも、誠志が自力で学生治安維持委員会に入った事実は変わらないからな。それこそ、もしそんな状態で入ったのなら、誰も何も言えないぞ」
「そ、そうですか…ね」
「そうだぞ、でもそのためには…」
「学生治安維持委員会に入るための試験に…受からないとですね!」
この瞬間、誠志の中で何かが吹っ切れた気がする。そもそも、考える順番が違ったのだ。学生治安維持委員会に入る、それが第一だ。今後のことは入ってから、それでいいのだ。入れもしない今、誠志が入った後を考える必要はない。そんな簡単なことに、誠志は気づけていなかった。
瑠真が、それを伝えたかったのかはわからない。いや、瑠真は誠志の質問、不安にしっかりと答えただけだ。その中で、誠志にとって大切なことが伝わった。それだけだ。そもそも、瑠真がなぜ学生治安維持委員会を目指したのかも聞いていないのに、誠志に瑠真の本心を察せるわけがなかったのだ。
「誠志、いい目つきをしているな」
「え?」
つい先ほど、莉穂にも同じことを言われた。あの時は、現在地を理解してやる気に満ち溢れていたからだと思った。それは間違いないだろう。でも、それだけじゃ足りなかった。現在地を理解して、時間がたって、その危うさに怯えて…情けない。
でも、今の誠志は吹っ切れ済みだ。もう、怖いものなんて何もない。目標はただ一つ、学生治安維持委員会に入る。今考えるのはそれだけだ。
「新槙さん…いえ、新槙先輩。ありがとうございました!」
椅子から立って、頭を下げる。瑠真にその気がなかったとしても、敬意はしっかりと表さないといけない。
「誠志、瑠真を先輩と呼ぶには、まだ早いんじゃないのか?」
「そ、そうですよね」
「「ははは」」
二人一緒になって、笑いあった。友情が芽生えた?と言っていいのかはわからない。しかし、知り合いという関係よりも進んでいるのは確かなことだ。
それから数分ほど、二人は色々なことを話し合った。学生治安維持委員会に入る前に、仕事を教えてもらうのは、少し違う気がしたので、瑠真のPC技術を見せてもらっていた。そうこうしていると…。
「誠志さ~ん。ちょと、降りてこられますか~?」
一階から、莉穂の声が聞こえてきた。なぜ誠志が呼ばれたのか、その理由は思いつかない。誠志は、瑠真にもう一度礼を言うと、駆け足で階段を下りていくのだった。