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屋敷にノクスを連れ帰ると、メイド達は上から下まで汚れたノクスをすぐさま引き取り、バスルームへ連れて行こうとした。

手を離す間際、瞳が揺らいで不安そうに見えたため「大丈夫よ」と声をかけると、そのまま繋いでいた手のひらがそっと離れた。


「ねぇミヤ、あの子は大丈夫かしら……」


「その優しさを少しは俺にも分けてください。旦那様と奥様に合わせる顔がありません……このままだと俺の首が飛んでしまいます」


「あら、お父様とお母様にはちゃんと許可を得てるわ」


「それはまさか、誕生日には歳の近い従者が欲しい……そう仰った事を指しているのではないですよね」


「あらあら、何か間違ったことを言ったかしら」


ミヤはドン引きしたような表情を全く隠さずこちらを見た。不敬ではあるが、その分かりやすさが好ましく傍へ置いている。


「心配しないで、お父様とお母様が私のお願いに弱いのは知っているでしょう。上手くやるわ」


「まぁ、お嬢様が何かを強請るなんて滅多にありませんもんね。一番説得が難しいとしたら……」


「姉様、何かあったの」


噂をすればなんとやらだ。

「白薔薇は血に染る」メインキャラの1人、そして私の弟であるレインは怪訝な表情でざわめきだった様子を見ている。


ブロンドの髪に青い瞳、リサと同じ特徴を持つものの、メインキャラ補正は凄まじく、そこにいるだけで目を引く美貌である。


私もそんなに見目は悪くない方だと自覚しているが、レインと並ぶとどうしても平凡に見えてしまう。


小説の中では主人公であるアリアに執着し、衝動的に監禁するなどの狂気的な面を見せていたが、少なくとも今その鱗片は見受けられない。


「レイン、騒がしくしてしまってごめんなさい。なんでもないのよ」


「……さっき褐色の男がメイド達に連れられていくのを見たけど」


「う……そこから見てたのね」


「あんなの拾ってきて、父様と母様が許しても、僕は認めないからね」


「あんなのって……」


「あんなのだよ、姉様は優しいから大方つけ込まれたんでしょ。僕が元いた場所に捨ててきてあげようか」


「レイン、冗談でもそんな事を言うのは辞めて頂戴」


「これが冗談に聞こえる?」


ミヤに目線で助けを求めると、ほらやっぱりこうなったと言わんばかりの表情で返された。


私がレインを可愛がり過ぎたせいもあって、小説より幾分かシスコン気味な性格に育ってしまった。

でも言い訳をさせてほしい。天使を体現したような弟がいて、過剰に可愛がらずにいられる姉がどこにいるというのか……。


「ごめんね、レイン」


こういう時は言い訳せずに謝るに限る。

姉が突然知らない人間を連れてきたら不安になる気持ちも分かる。

レインの顔をそっと覗き込むと、私の目の色と同じ青が複雑そうに見詰め返してきた。


「あの男、僕と同じ位の歳に見えた」


ノクスは実際レインより幾ばか上ではあるのだが、ろくに食事も与えられなかったせいで栄養が足りておらず、今はレインと同じぐらいの背丈である。


「……ねぇ、姉様の弟は僕一人だよね」


「もちろんよ、私の弟はレインだけ」


「はぁ……あいつが出過ぎたことをしたら、すぐにでも追い出すから……分かった?」


「分かってるわ。レインに迷惑はかけないから」


「……やっぱり姉様は全然分かってない。でもそれが姉様のいいところだから、今はなにも言わないでいてあげる」


これは一応説得が成功したということでいいのだろうか。まぁ完全にノクスのことを認めたわけではないのだろうが、小説では対立関係であったレインとノクスが、この屋敷で仲を深められればいいなと願わずにはいられない。


レインの後ろ姿を見送ってしばらくすると、メイドに連れられてぴかぴかに磨かれたノクスが戻ってきた。


「さっぱりしたわね」


カラスのように皮脂でぺったりしていた髪の毛は本来の艶めきを取り戻し、動く度にさらりとたなびく黒髪が美しい。垢と汚れにまみれた褐色の肌もかなり磨かれたのか、見ただけで分かるほどすべすべだ。


実際私以外のメイド達も、ノクスの端正な顔立ちと独特の色気を纏った佇まいに釘付けである。


観察するような私の視線に居心地の悪さを感じたのか、ノクスは気まずそうに顔を伏せた。


「ごめんなさい!こんなにジロジロ見られたら誰だって嫌よね。あんまり貴方が綺麗だから、その……見蕩れてしまったのよ。許してくれる……?」


「……」


「えぇと、あの……」


じろじろと不躾な視線を向けてしまったことが急に恥ずかしくなり、何となく私も顔を俯ける。


「……ノクスでいい」


声変わりしきれていない、心地の良いアルトが私の鼓膜を震わる。

咄嗟に俯けていた顔を上げると、少しバツが悪そうな、年相応な表情のノクスが漆黒の瞳を此方へ向けていた。

……それにしても、耳たぶが赤く火照っているのは気の所為だろうか。


「……ノクス」


「なんだ」


「……っノクス!!」


「うるさい、何度も呼ばなくても聞こえている」


「ごめんなさい、ノクスが少しでも心を開いてくれたのが嬉しくて」


「勘違いするな、必要に駆られて教えただけだ」


「それでも嬉しいのよ!」


初めは死亡フラグ回避のためだけにノクスを買う道を選んだ。しかし凄惨な環境で身を縮めて生きるノクスを実際にこの目で見て、この先裏の世界に身を投じなくても良いように、影さえ寄せつけないほど幸せになって欲しいと思う自分がいる。


「一緒に幸せになりましょう、ノクス」


「……変なやつ」


祈るように、ノクスの両手を自分の手のひらで包み込む。


その温もりにノクスが一生縋っていくことを、この頃の私はまだ知らない。


因みに、この後お父様のお母様に呼び出され、こってり絞られたのはまた別の話である。

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