ダンジョン攻略
「……ここがダンジョンね」
塔のふもと、黒い靄が地を這うように漂うダンジョンの入口を前にして、サティ・フライデーは足を止めた。
外見はいつもの受付嬢───だが、その眼差しは鋭く、戦場に立つ者のものだった。
「誰かに見られると、いろいろ面倒だし……」
周囲に人気がないことを確認し、彼女は小さく呟いた。
「《大罪》スキル──色欲・"変異”」
光が一閃し、サティの姿が溶けるように変わる。
入れ替わるように現れたのは、赤みがかった長髪に、鋭く整った顔立ちの少女。ギルドの冒険者の実力者の一人、《ルア》と呼ばれる存在だった。
「やっぱり戦いやすいのはルアね。――さて、行きましょうか」
サティは変異した姿のまま、足音を殺しながらダンジョンの深部へと歩き出す。
この姿であれば、万が一ギルド関係者と遭遇しても正体はバレない。
目的は、ダンジョンの最深部を制圧し、ギルドに痕跡を残さず立ち去ること──それが《死神》として、そして受付嬢として生き残る最善手だった。
* * *
その頃、最深部──ボス部屋の前。
《白金の盾》のジェイルと《黄金の剣》のガイは、封印された扉の前で小声で話していた。
「……《死神》はまだ来ないのか?」
ガイの言葉に、ジェイルは腕を組みながら応じた。
「このダンジョンに潜ってから、もうすぐ一時間は経つ。さすがにそろそろ来てもいい頃だが……」
「すぐ来るわけねぇよ。あいつ、常に警戒してる。罠があるかもしれないってな」
「……それもそうだな」
ガイが軽く肩をすくめる。
「そろそろ、俺たちも隠れてた方がいいんじゃねえか?」
「……同感だ」
ジェイルは頷き、二人はそれぞれの隠密スキルを起動。
魔力の気配を断ち、扉の影に身を潜めた。
……と、次の瞬間だった。
「やっと、ボス部屋ですねー!」
明るい声がダンジョンの奥から響いてきた。
ジェイルはその声に、一瞬で全神経を集中させた。
(今の声……!?)
扉の前に現れたのは、一人の少女。
肩まで伸びた栗色の髪、快活な表情、軽装の鎧──サティの後輩受付嬢、ルリ・ノイエだった。
(なぜ彼女がここに? まさか、彼女が……《死神》?)
驚きと混乱の中、ジェイルは言葉を発することができなかった。
「さーて、早めに終わらせましょうか!」
ルリ──否、その姿を借りたサティは軽くストレッチをすると、何の躊躇もなくボス部屋の扉を開け放った。
扉の向こうから、重くうねるような魔物の咆哮が響く。
ジェイルとガイは、まだその場から動けずにいた。
ただの受付嬢であるはずのリルが、なぜ一人でここに?
そして──彼女は、本当に《死神》なのか?
罠を張る者と、罠をかいくぐる者。
すれ違い、交錯し、真実は霧の中。
そして今、またひとつ新たな戦いが始まろうとしていた──。