聖女の微笑と隠された願い
パルナコルア――
豊かな自然と精霊信仰に支えられた、女神の加護を強く受ける聖都。
石畳の道と白い大理石の建物が並ぶこの地は、他のどの国よりも静かで、清らかな気配をまとっていた。
「……ここが、聖女が治める都か」
サティは門前で馬を降り、軽く息を吐いた。
空気には独特の“静謐”が漂っており、まるで彼女の心すら浄化するかのようだった。
城門で手続きを済ませ、案内人の神官に導かれるまま、サティは聖女の居城――「聖泉宮」へと足を運ぶ。
長く続く回廊の先。
広間に通されたサティの前に、静かにその人物は現れた。
「お久しぶりです、サティ殿」
穏やかな声。
純白の法衣に身を包み、背には微光をまとうような気品を纏う女性。
聖女――ルア・シエン。
「お呼び立て、失礼しました。……ですが、どうしてもあなたに会っておきたかったのです」
サティは軽く頭を下げた。
「お言葉に甘えて、まいりました。パルナコルアの聖女さまが、わざわざ私を呼ぶなんて――これはただの挨拶じゃなさそうですね」
ルア・シエンは微笑んだ。
「ふふ、鋭いですね。やはり“ギルドの影”にして“死神”……と言われるだけはありますね」
「……あの称号、好きじゃないんですけどね」
ルアは少しだけ柔らかい表情を浮かべた。
「実は――この地で“霧”に似た現象が、複数報告されています」
サティの表情が変わった。
「霧? それは、異界に通じる……?」
「まだ断定はできません。ですが、巫女の一人が“異界の名”を口にして、正気を失いました。
そして――“あなたに伝えろ”とだけ言い残して」
「……伝えろ?」
ルアは立ち上がり、サティに向き直る。
「あなたが異界から戻った今、この世界の“境界”は弱くなっている可能性があります。
私はあなたと共に、この地の霧の謎を解きたい。そう、思っているのです」
サティは黙ってアリアの目を見つめた。
その瞳は、優しさの奥に、強い覚悟を秘めていた。
「いいでしょう。手伝います。……ただし、情報は全て開示してもらいますよ」
「もちろんです。サティ殿。
あなたの力なくして、この地の未来は守れませんから」
微笑む聖女の背後、ステンドグラスの向こうに、わずかに揺れる黒い“霧”のようなものが見えた。




