《死神》とダンジョン
「先輩!」
昼を過ぎ、ギルドのカウンターで書類整理に追われていたサティ・フライデーは、背後からかけられた声に顔を上げた。
「どうしたの? ルリ」
呼びかけてきたのは後輩の受付嬢、ルリ・クレイン。明るくて素直な彼女は、サティにとっても数少ない信頼できる仲間だった。
「どうやら、また新しいダンジョンが出現したらしいんですよ!」
「また!?」
サティは思わず頭に手を当ててため息をつく。
「ついこの間、ひとつ攻略されたばかりじゃない。なのに、また新しく発見されるなんて……」
「出来たものは仕方ないじゃないですか。文句言っても始まりませんよ」
「それはそうだけど……」
まだ残っていた書類に手を伸ばしかけた時、ルリがさらに声を潜めて続けた。
「先輩、聞きましたか?」
「何を?」
その瞬間、背筋に嫌な冷気が走る。
サティの勘が告げていた。これは“ただの世間話”ではない。
「ギルドが冒険者《死神》の捜索に本格的に動き出したって」
「……なんだ、そんなこと……」
思わず反射的に笑ってしまいそうになったが、言葉の途中で凍りついた。
――今、なんて言った?
《死神》って……言ったよね?
「先輩? どうかしましたか?」
ルリが心配そうにサティを覗き込む。
「大丈夫よ。なんでもないわ。心配しないで」
笑って返しながら、内心は嵐のように騒いでいた。
(……ギルドが本格的に動いたってことは、私を捕まえる気ね)
サティ・フライデー。受付嬢でありながら、その正体はギルドが追う伝説級の存在《死神》。
彼女はため息混じりに、静かに決意する。
(なら、そのダンジョン――先に片付けておくしかないわね)
* * *
一方その頃、新たに発見されたダンジョンの最深部へと向かっていたのは、ギルド所属のAランクパーティ《白金の盾》のジェイルと、《黄金の剣》のリーダー・ガイだった。
「で、どうやって確保するんだ?」
ガイが問うと、前を歩いていたジェイルが振り返る。
「相手は《死神》だ。油断は命取りになる」
「油断なんてしてないさ。ただ、アレは……人間じゃねぇよ。バケモンだ」
「簡単に捕らえられるとは思っていない。だが……」
ジェイルが足を止めた。
「待て。モンスターだ」
ダンジョンの通路を塞ぐように現れたのは、巨大なゴーレムだった。
武装を構える間もなく、ジェイルはその足元に素早く滑り込み、一撃で魔核を砕き崩れさせる。
「……やっぱりお前、強いな」
「君もな」
短い言葉の応酬の後、通路奥に石造りの扉が現れる。
「ボスのお出ましか?」
やる気をみなぎらせたガイが剣を握るが、ジェイルは首を横に振った。
「やる気満々のところ悪いが……倒すのは俺たちじゃない」
「は? じゃあ誰が――」
「お前、俺たちがここに来た目的を忘れたのか?」
「……《死神》を捕まえること、だろ?」
「ああ。だからこのダンジョンのボスと戦わせて、体力を削ったところを確保する。……本当は、こんな手段は使いたくなかったんだがな」
ガイはしばらく沈黙していたが、やがて頷いた。
「……分かった。最初は話し合い、それでも駄目なら」
「その時は、力尽くで止める」
準備は整った。あとは、彼女――サティ・フライデーの登場を待つのみ。
ギルド全体が仕掛けた包囲網が、今、音もなく動き出していた。