霧に染まる記憶
《ヴェリム》の門をくぐった瞬間、空気が変わった。
「……っ!」
息を吸っただけで、胸が重くなる。
この霧はただの毒ではない。心に染み込むように――“記憶”を揺さぶってくる。
「フィーネ、大丈夫?」
「……平気。でも、なんだか……懐かしい匂いがするの」
言葉にしてから、自分でおかしいと気づく。
(懐かしい? でも私はこの場所に来たことなんて――)
視界が揺れた。
足元の石畳が、別の場所へと変わる。
草原。夕焼け。風にそよぐ白い花。
そして――
> 「君が選ばなかったことは、きっと正しかった。
でも、君が“失ったもの”を……僕は、どうしても忘れられなかった」
そこに立っていたのは、白い衣をまとった青年だった。
(誰……? 私、あなたを――)
> 「エリシア」
その名を呼ばれた瞬間、フィーネの身体に電流のような衝撃が走る。
> 「あの日、君は僕を斬った。
世界を救うために。正義のために。
でも、それは本当に正しかったのか――?」
青年の名はルゼス・カイエン。
かつて異界研究に携わり、フィーネの“前世”であるエリシアと共に、ザイデンと戦った人物。
だが彼は、最後に“敵”として立ちはだかり、そして斬られた者だった。
> 「君が何もかも背負って、“扉を閉じた”あの時――
その代償として、僕たちは何を失った?」
「私は……」
フィーネは答えられない。
彼が語る記憶は、自分のものではないはずなのに――
なぜか、心の奥底で“知っている”気がした。
***
視界が再び変わる。
今度は、巨大な魔導都市が燃えている光景。
街の中心で、白衣の男――ザイデンが叫ぶ。
> 「なぜだエリシア! 我々の研究は世界を変えるはずだった!」
「それでもあなたは、扉を閉じるのかッ!!」
> 「……ザイデン、あなたの未来には、誰も救われない」
そして、彼女は剣を振るう。
それが、“終わり”の始まりだった。
***
「……私が……?」
フィーネは自分の手を見る。
確かに覚えのない、でも確かに“馴染む”感覚。
「私の中に……“誰か”がいる。
でも……私は、私……」
> 『本当に、そう言い切れるか?』
耳元で、ザイデンの声が囁いた。
> 『お前が“かつての契約者”――エリシアの再来なら、
私の世界を再び滅ぼす存在だ。』
> 『だが、記憶を抱いたまま剣を振るえば、いずれ“自分”を失う』
「……なら、私はその運命を、超えてみせる」
フィーネは剣を構える。
霧がざわめき、目の前に黒衣の魔導師の幻影が現れた。
「ザイデン……!」
> 『さあ、選ぶがいい。記憶か、今か』
霧の中で、再び剣と魔力が交差する。




