境界座標、霧境都市へ
ルメリア・ギルド地下――封印室。
契約剣の浮かぶ台座を前に、フィーネは息を整えた。
「座標は確かに記されたわ。転移魔法は私が展開する」
サティが手早く術式を組む。
刻印が描かれた転移陣は、かつて見たものとは異なる紫の霧を帯びていた。
「この座標、正確には“この世界の座標軸の外”にある。つまり、別の空間よ。入ったら戻る術は――私たち次第」
「怖い?」
サティが問うと、フィーネはわずかに笑って答えた。
「怖いけど……それ以上に、行かなきゃいけないって思う。ザイデンを止めるためにも」
「なら、行きましょう。“霧境”へ」
転移陣が輝きを増し、二人の身体が宙に浮かぶ。
> ――ズン……ギュゥウゥン……
空間がねじれ、視界がぐるりと裏返るような感覚。
目を閉じたフィーネが再び目を開けたとき――
そこはもう、“異界”だった。
***
空は薄暗く、地面は紫色の岩肌。
どこまでも続く霧に包まれた荒野。
「……ここが、“霧境”」
サティが口を開いた瞬間、何かが背後を通り過ぎた。
「……気配が、複数……!」
フィーネが剣を構える。
霧の中から現れたのは、瘦せた四足の異形獣――《霧喰獣》。
牙の先に魔力を宿し、群れで獲物を囲む性質を持つ、異界固有種。
「囲まれてる……サティ、援護お願い!」
「任せなさい!」
フィーネが突撃し、剣閃を走らせる。
空気が重く、重力が違う。だが契約剣が霧を裂き、霧喰獣の体を切り裂いていく。
サティも展開式の魔導陣を使い、結界と火球で敵を一掃。
「ふぅ……なんとか……」
「異界、やっぱり“重い”わね。魔力の流れも歪んでる」
フィーネが立ち上がり、前方の霧の切れ間を見る。
その先には、遠くに霞んだ都市の影。
「……あれが、霧境都市」
異界に築かれた、ザイデンの拠点。
その中心には“霧核”と呼ばれる異界門があり、そこから“侵食”が広がっているという。
「急ごう。あそこに、ザイデンがいる」
そして――
この世界の理が、歪んだ始まりが、すべてあの都市にある。




