騎士団の記憶、刻まれし契約
虚空のような闇の中。
それは現実でも夢でもなく――
フィーネの精神に直接語りかける、記憶の層だった。
目の前に立つのは、白銀の鎧を身にまとった男。背には巨大な双剣。兜は外していないが、その声だけははっきりと響いた。
> 「名を《ゼルヴァ・イグレイン》という。かつてこの世界の“裂け目”を封じた、《エンメル騎士団》の最後の者だ」
「あなたが……“あの剣”の持ち主……?」
> 「いや。“あの剣”は誰のものでもない。我らが命を賭して封じ、未来に託した“境界の鍵”だ」
虚空に浮かぶ剣の幻影。
それはただの武器ではない。異界の力を制御し、境界を断絶するために造られた“契約の刃”。
> 「その剣は《契約者》にしか扱えない。そして、君は“選ばれた”。刻印はその証」
「どうして……私が……」
> 「君の血の中に、“始まりの契約者”の因子が流れているからだ。否――正確には、君自身が“かつての契約者”の魂の断片を宿している」
フィーネの心に、かすかな震えが走る。
(私の中に、誰かが……?)
> 「記憶は完全には戻らぬだろう。だが、いずれ君は選ばなければならない。
――“封じる者”になるか、“境界を越える者”になるか」
> 「どちらも、この世界にとっては背負うには重すぎる運命だ」
その言葉が告げられた瞬間、空間にひびが走る。
> 「……時が来た。目を覚ませ、“剣聖”フィーネ・ラインベルク」
***
「っ……!」
フィーネは跳ね起きた。
石室の中、剣はそのまま浮かび、周囲に漂っていた魔力はすっかり消えていた。
「気がついた!? 大丈夫!?」
サティがすぐに駆け寄る。
「……見たの。エンメル騎士団の記憶。剣は“境界の鍵”だった」
「境界の……?」
「私の中に、“契約者”としての資格があったのよ……それも、過去の誰かの記憶と共に」
サティは沈黙したまま、フィーネの右手を見た。そこにははっきりと、紋章が進化した刻印が浮かんでいた。
(これはもう、“汚染”じゃない。むしろ――“認証”だ)
***
その後、剣は特製の封魔箱に収められ、ギルド本部への搬送が決まった。
しかし、ヴァイス将校の報告によって、さらに大きな問題が判明する。
「この遺跡……実は地図上では《パステコ公国の管轄外》でした」
「つまり……?」
「この遺跡は、もともと“国家とは関係のない存在”が建造した“境界線上の施設”……それがこの“世界の裂け目”に接していた可能性があります」
サティが呟く。
「異界は……まだ、こちらを見ているのね」
***
その夜、フィーネはギルドの屋上で夜空を見上げながら剣を静かに見つめた。
(私は、何者なのか)
(この力は、誰のものなのか)
その問いに答えるための旅は、まだ始まったばかりだった――。




