昼下がりの学院と、受付嬢の午後
ルメリア学院――午後の授業が終わり、生徒たちは思い思いに自由時間を過ごしていた。
中庭では、フィーネが木陰のベンチに座り、エイルの隣で本を開いている。
「読書……退屈じゃないですか?」
エイルが聞いた。
「そうでもないわ。こう見えて、私は“理論魔術”とか、けっこう得意なのよ」
「剣だけじゃないんですね……」
「……サティに言われたの。“剣だけの人間じゃいけない”って」
ふっと微笑むフィーネに、エイルもつられて微笑む。
「私、まだ怖いんです。霧の中にいた自分が、また戻ってきたらって……」
「怖くていい。だからこそ、私たちがそばにいる。逃げそうになったら、叱ってあげるわ」
「それ……先生っぽいです」
「ふふ、光栄ね」
柔らかな風が吹く。
木々の葉がざわめき、空はどこまでも青かった。
***
その頃、ギルド本部・受付。
「……はぁ、今日も雑務が多いわね」
サティはカウンター奥の書類棚を整理しながら、ため息をついていた。
彼女の机には、依頼書と報告書が山のように積まれ、横にはまだ未開封の書簡がいくつもある。
「でも、学院からフィーネの報告も来たし、エイルも落ち着いてるし……少し、ホッとしてるかも」
ひとりごとのように言いながら、彼女はお気に入りの茶葉を使って紅茶を淹れ始めた。
午後三時。
サティの密かな楽しみは、“誰もいないギルドの静けさ”の中で紅茶を飲むこと。
(これくらいの平穏が、ずっと続けばいいのにね)
ふと、彼女は小さく笑う。
けれど――その紅茶の香りにまぎれて、どこからか、かすかに魔力の波動が揺れた。
(……気のせい?)
サティは目を伏せ、再び書類に目を通し始める。だが、無意識に机の引き出しへと手が伸びた。
そこには、例の“黒鏡の破片”が保管されていた。
(ほんのわずかに……反応してる?)
***
一方、学院の講堂前。
「エイルちゃん、これ借りてたやつ、ありがとう!」
「うん、また何かあったら言ってね」
周囲の生徒たちとも少しずつ打ち解けていくエイル。
もう“事件の中心人物”ではなく、“ただの一人の新入生”として。
彼女の心にはまだ影が残っている。
でもその上に、少しずつ“陽だまり”が差し込んでいた。
***
そして日が暮れるころ。
学院の屋上で、フィーネとサティが再び顔を合わせた。
「どう? 少しは落ち着けた?」
「ええ。あの子も、ちゃんと前を向いてる」
「……でも、油断しないで。黒鏡は終わってないかもしれない」
「分かってるわ。でも、それでも私は……」
フィーネは夜空を見上げた。
「彼女を守るわ。この剣にかけて」
サティは頷き、そっと呟いた。
「じゃあ私も、このルメリアを――“受付嬢として”守ってあげる」




