戻りゆく日々、始まりの鐘
「え、ここが……私の席?」
エイル・セラフィーナは目を見開いた。
彼女が案内された教室の一角――窓際の席には、すでに新しい教科書と制服がきちんと用意されていた。
「そうよ。今日から、あなたは正式な学院の生徒。だからちゃんと通ってもらうわ」
と、言ったのはサティ。
本来ならギルドの仕事が山ほどある彼女が、今日はわざわざ朝から同行していた。
「……うん。ありがとう、サティさん」
エイルは小さく笑った。
どこか幼さの残るその表情は、もう“あの黒霧の中にいた少女”ではなかった。
***
一方、学院の裏庭。
剣聖フィーネは、久しぶりに“誰もいない中庭”で剣を振っていた。
シュッ、シュッ――。
無駄のない動き。風すら切り裂くような鋭さ。
「もう少し、肩を落として」
声をかけたのはサティだった。
朝の仕事を終え、ふらりと庭へ立ち寄ったらしい。
「剣の構え、変わった?」
「ちょっとね。あの霧との戦いで、自分の甘さを痛感したから」
「でも、ちゃんと守ったじゃない。少女も、街も」
「それでも、私が少しでも迷っていたら……あの子は戻れなかったかもしれない」
サティはため息をついてから、静かに言った。
「だったら、これから何度でも立て直せばいい。そういう仕事でしょ、受付嬢も、剣聖も」
「ふふ……そうね」
少しの沈黙のあと、フィーネは剣を納めた。
「サティ、ありがとう。あなたがいてくれるだけで、私はだいぶ助けられてる」
「そう言ってもらえると、張り合いあるわ」
ふたりは、青空の下で微笑みを交わした。
***
学院では、鐘の音が響いていた。
新たな講義の始まりを告げる、やさしい音色。
「……ここが、私の居場所なんだ」
エイルは教室の窓から空を見上げる。
あの霧も、あの鏡も――
もしかしたら、まだすべてが終わったわけじゃないかもしれない。
それでも、今はここにいる。
彼女自身の足で、仲間たちと共に、前を向いて歩き出せる場所に。
***
その頃、ギルドの地下では――
「……これが、鏡の破片か」
サティが保管庫の奥で手にした小さな黒欠片は、わずかに“脈打って”いた。
> 「終わったとは、まだ言えないのかもね――」
静かにそう呟くサティの瞳には、既に次なる決意が灯っていた。




