鏡の主と、少女の願い
「――壊してみせてよ、《剣聖》フィーネ」
黒霧をまとう異形は、まさに人の形を模した“模造体”。
その背には黒く歪んだ羽、顔には仮面のような霧。
そして全身からあふれるのは、まぎれもない“エイルの魔力”。
(……この存在、エイルの心と融合してる?)
鏡の中の何者かが、エイルを“依代”にして形を得た。
そして今、フィーネの前に立ちはだかっている。
「第二式・雷閃」
その一閃で、霧の鎧が弾ける。
だが霧の主は再生する。まるで“感情”が形を保っているかのように。
「どうして壊すの……!」
「どうして! せっかく“特別”になれたのに!」
「誰かに、覚えていてほしかっただけなのに――!」
叫びが、霧に反響する。
それは――
「……エイルの、声?」
霧の主は、エイル自身だった。
彼女の恐れ、孤独、焦がれるような承認欲求が、鏡の力を引き寄せ、“異形”として形になった。
(そうか……あれは、彼女の“心の影”)
***
「聞いて、エイル!」
フィーネは叫ぶ。
剣を構えながらも、鋭い視線で“少女”の心を見据えていた。
「あなたの力は、本来こんな使い方をするものじゃない!」
「うるさいっ! 剣の人に何が分かるの! 私が、どれだけ……!」
再び霧が暴走する。
その中心で、エイルの身体が苦しげに揺れる。
「――助けて……!」
微かに、少女の“本音”が漏れた。
フィーネは駆ける。
剣を収め、腕を伸ばす。
「エイル、あなたの手を、掴ませて!!」
爆ぜる霧の中、フィーネの手がエイルの手を掴む
――その瞬間、黒鏡が割れた。
パァンッ――!
響く破砕音。
周囲を包んでいた霧が、一気に崩れ落ちる。
***
霧が消えた場所に残っていたのは、少女――エイルだけだった。
彼女はフィーネに抱き留められ、涙をこぼしていた。
「ごめんなさい……怖かったの。普通に生きて、普通に学んで、それだけじゃ“何者にもなれない”気がして……」
「あなたは、あなたでいい。誰かのようになる必要なんてない」
フィーネの声は、優しかった。
***
数時間後。
黒霧区の中心から“黒鏡”は完全に消失し、霧も霧核反応も止まった。
封印は意味を失い、代わりに静寂と魔力の浄化反応が残された。
サティが後処理のために駆けつけた頃には、フィーネとエイルが寄り添って座っていた。
「お疲れ様、フィーネ」
「ええ、ちょっと疲れたけど……大丈夫」
サティは頷きながら、破片を拾い上げる。
それは、黒鏡の“枠”の残骸だった。
「やっぱり、あの鏡……異界と繋がってたのかもね」
「でも、もう終わったわ」




