剣と霧、決する試練
「来るわよ、《剣聖》様――!」
そう言った瞬間、エイルの周囲から黒霧が爆発した。
空気が悲鳴を上げる。霧が触れるだけで、地面の石がひび割れ、植物がしおれていく。
それは、まるで命を腐らせる瘴気だった。
(……高濃度の魔力。それにこの展開速度。あの子、本当に自分で制御してるの?)
フィーネは冷静に相手を見定めながら、剣を構える。
その刀身には、一筋の光が宿っていた。
「第一式・風断」
次の瞬間、風の刃が霧を両断する。
けれど――
「遅いよ、それ」
霧の中から滑るように姿を見せたエイルが、掌から放ったのは黒紫色の魔弾。
ただの魔力弾ではない。触れた空間そのものを腐食させる《霧核弾》。
「っ……!」
フィーネは瞬時に跳躍。魔弾が爆ぜた場所には、濃い霧の塊が渦を巻くように浮かび上がった。
(接近戦に持ち込む。遠距離では不利だ)
霧による視界封鎖、魔力妨害――あらゆる面で不利な状況。
だが、それでも――剣聖は止まらない。
「第二式・雷閃」
足元に走る雷光と共に、フィーネが駆け抜ける。
エイルの霧が防御の壁を生み出すが、フィーネの剣が一瞬でそれを断ち切った。
「……っ、速い……!」
驚いたように目を見開くエイル。
その一瞬の隙に、フィーネは彼女の手首を取り、強く叫んだ。
「目を覚ましなさい、エイル!!」
「う、あ……っ……やめて……私……わたしは……!」
ぐらりと、エイルの身体が揺れた。
その背後――鏡が“脈打つ”。
ボン……ボン……と、心臓のように。
そして、そこから“もう一人の声”が響いた。
> 「やめて。彼女は、私の器になるの」
声は、鏡から響いていた。
> 「この子が望んだのよ。特別になりたかった。忘れられたくなかった」
(……異界の存在。霧を通じて、人の心に干渉していたのね)
フィーネは静かに剣を構え直す。
「じゃあ、鏡の中の誰か。あなたと、話す必要はない」
> 「貴女は“剣”だものね。壊すしかできない。なら――」
バキィンッ!!
鏡の奥から、何かが飛び出した。
それは、霧でできた鎧をまとった“黒い影”だった。
> 「――壊してみせてよ、《剣聖》フィーネ」
***
フィーネは剣を握り直す。
(これは試練じゃない。これは――侵略)
少女を救うため、霧を断ち切るため。
《剣聖》が踏み込むのは、ただの戦場じゃない。
心の中に“棲みついた闇”ごと――断つ戦いだった。




