剣と霧、封じられた旧都へ
「これが……霧に対抗するための装備ね?」
フィーネが手にしたのは、黒い革製のリストバンド。
サティがギルド内の工作班に作らせた、特注の【霧干渉遮断装置】だ。
「霧の中では魔力が歪む。これは、その暴走を防ぐための装置よ。あと、これも持っていって」
サティが手渡したのは、【黒霧共鳴石】。
特定の霧の密度に反応して光る装置だ。
「エイルが霧に取り込まれているなら、必ず近くで反応するはずよ」
「分かった」
フィーネは短く頷くと、腰の剣に手を添えた。
その瞳に一片の迷いもない。
***
黒霧区。
ルメリア北端、封鎖された旧市街地。
高い柵と封印の紋章が刻まれた石門を超え、彼女は禁域に足を踏み入れた。
「……空気が重い」
入った瞬間、肌にまとわりつくような圧迫感。
魔力の濃度が異常だ。まるで、空気が“魔法”そのものになったかのような感覚。
足元にはひび割れた石畳。崩れかけた建物。
そして、その奥から――霧が、ゆっくりと“生えて”いた。
「こっちね」
フィーネは共鳴石の反応を頼りに、かつて学院だった場所の裏庭へと進む。
その途中、彼女は“気配”を感じ取った。
(……来た)
一歩踏み出した瞬間。霧が裂けるように左右に揺れ、
その中から“人の形をした何か”が現れた。
「《黒喰い》……!」
顔がない。腕が長すぎる。
そして、その体の中心には“人間の瞳”が浮かんでいた。
「退きなさい。……今は、戦う気はないの」
フィーネが声をかけても、それは喉を鳴らすような唸り声を上げて迫ってくる。
ズシャッ――!
応じたのは、一閃の風。
フィーネの剣が“間合いよりも先”に斬り裂き、黒喰いの身体を貫いた。
「……道を、開けて」
霧がまた一つ後退した。
彼女は再び、奥へと進んでいく。
***
数分後、辿り着いたのは――“黒の鏡”の前。
そこには、少女が立っていた。
霧に包まれながら、まるで人形のように静かに。
「……エイル」
「こんにちは、《剣聖》様」
その声は、柔らかかった。
だが瞳に宿る光は、人ではなかった。
「ここが私の“世界”よ。どう? 綺麗でしょ?」
「戻りましょう、エイル。あなたは、こんな場所にいてはいけない」
「でも私はここで目覚めたの。ずっと眠っていた魔力も、心も。全部、この鏡が教えてくれたのよ」
「……操られてるの?」
「違う。私は“選ばれた”の。試してあげる。《剣聖》って、本当に最強なのか」
――バチッ。
次の瞬間、エイルの背後から魔力が走った。
黒霧をまとうように、彼女の身体が変質していく。
“黒の使い魔”が彼女の影から這い出し、空間が歪んだ。
「さぁ、私と“試練”を踊って? 剣の人」




