旅路の対話、そして想い出の剣(フィーネ視点)
「……静かね」
馬車の車輪が、わだちの残る街道をゆっくりと進んでいく音だけが響いていた。窓の外には、黄金色の麦畑が続いている。遠く、丘の向こうに見えるのは、ルメリアへの道標だ。
「騎士団の行進と違って、こういうのも悪くないでしょ?」
向かいの席に座るサティが、微笑む。旅の道中、彼女とふたりきりになるのはいつぶりだろう。
「……あんまり喋るの得意じゃないけど、退屈してない?」
「平気。あなたの沈黙は、ちゃんと“考えてる音”だから」
(……考えてる音、か)
確かに、考えていた。私がルメリアに向かう意味を。
王候補を辞退して、この旅に出たこと。それは“逃げ”なのか、それとも“選択”なのか。
「……昔のこと、少し思い出してたの」
「どの頃?」
「サティと初めて出会った日。あの試験場で、君が受付の奥で剣を磨いてたの、覚えてる?」
「懐かしいわね。あのとき、あなた血だらけで倒れてたじゃない」
「試験官が本気で斬りかかってきたから……」
私たちは同時に、ふっと笑った。
でも――その裏には、誰にも言わなかった想いがあった。
あの日の私にとって、“強さ”は生きるための鎧だった。
***
(回想)
――「何度やられても立て。そうしなければ、お前は何も守れん」
師である《老剣鬼》の言葉が、いまだに耳に残る。
誰かを守りたい。そう願ったあの日。
でも、守れなかった日がある。
火に包まれた故郷。貴族の家に生まれながら、守りたかったのは家柄じゃなかった。
家族だった。…ただ、家族だけだった。
私はそれを失った。
その日から、“負けない”ことに執着した。
王になる道すら、「力があれば守れる」と信じたから。
(回想終わり)
***
「ねぇ、サティ」
「なに?」
「私が王の座を降りたら、きっと国では“逃げた”って言われる」
「言わせておけばいいわよ。真実を知ってるのは、あなたと、私なんだから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……今でも、戦場で剣を振るいたいって気持ちはある。でも、それだけじゃダメなんだって、ようやく思えるようになった」
「うん。私は、それをあなたの口から聞きたかった」
馬車が揺れるたび、私の決意が少しずつ、確かな形になっていく。
「ルメリアでは、剣を教える以外にも、学びたいことがある」
「たとえば?」
「……誰かを導くって、どういうことなのか」
「ふふ。じゃあ、まずは生徒たちに優しく接することからね」
「それは……難易度が高い……」
思わず本音がこぼれて、サティが声を上げて笑った。
この笑い声が、心地いいと思えた。
私が王ではなく、ただの“フィーネ”でいられる場所。
それが、サティのいる場所なのかもしれない。




