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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第8章 パステコ公国編

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《剣聖》と学院と王の座

「ここが……公都ヴァルセリオンか」


陽が傾き始めた空の下、馬車の窓から見える大都市に、私は自然と息を呑んだ。数日かけて辿り着いた目的地。目の前に広がるのは荘厳な城壁、石造りの広場、そして――この国の中心。


「それで、《剣聖》はどこにいるの?」

馬車を降りながら、私はすぐ隣を歩くラインに尋ねた。


「この時間なら、たぶん協会にいるはずです」


なるほど。剣聖がよく出入りする場所として噂にもなっている協会か。さっそく向かう。


……だが。


「本日はお見えになっておりません」

協会の神官が首を振るのを見て、私は無意識に舌打ちしそうになるのをこらえた。


「どこにいるのよ、もう……」


フィーネがいそうな場所を片っ端から巡った。訓練場、騎士団本部、市場、剣の名所と言われる場所……どこにも、あの人の姿はない。


「他の国にいる、なんてことないよな?」

と、後ろのフリッツがぼそり。


「他の国って?」私は聞き返す。


「ほら、あの……《聖女》の国とか。会いに行ったとかさ」


それは確かにありうる。初めて会った時もフィーネと聖女は親しいように見えた。


「とりあえず、公都をもう一度くまなく探してみましょう」


私たちはヴァルセリオンの隅から隅までを見て回った。だが、成果はゼロ。焦りが顔を覗かせ始めた頃――ふと、私は思い出す。


「ねぇ、ライン」


「なんですか、サティさん?」


「この国にも学院ってあるの?」


「ええ、もちろん。ほら、あそこです」


彼が指差した先にあるのは、城にも似た巨大な白い建築物。人の気配が多く、賑やかな声が遠くからも聞こえる。


「あれが学院?」


「そうです。見てみますか?《剣聖》様はいないと思いますが」


「いいわ。どんな生徒がいるのか気になるし」


学院内部を見学していると、私は思わず足を止める。


そこにいたのは――


「……フィーネ……?」


目の前で講義を行っている、栗色の髪を揺らす女性。それは間違いなく、《剣聖》フィーネだった。


「フィーネ様……!?」

ラインの心の声が漏れそうになっていた。


授業の終了を知らせる鐘が鳴る。教室の扉が開き、彼女は廊下へ出てくる。そして、私の存在をすぐに――


「サティ!? どうしてここに……!」


「フィーネに頼みたいことがあって来たのよ」


「私に?」


「私の領地、ルメリアで教員をしてほしいの。剣の授業を、生徒たちに」


フィーネは少し驚いたように瞬きをした。


「教員……かぁ。私にできるかな」


「できるってば。今だってすごく分かりやすく教えてたじゃない」


「でも、これは代打の授業だったのよ。私は今、公王の候補者でもあるから」


私はラインの方へ視線をやる。


「ラインから聞いた。候補って、他にもいるのよね?」


「はい」ラインが一歩前に出て説明する。


「候補者は三人。いずれも、公都を治める名家の令嬢です」


「やっぱり。つまり、フィーネも公爵家の娘……ってわけね」


私は一歩、彼女に近づいて口を開いた。


「個人的には、あなたみたいな特別な人間が、王になるのは向いてないと思ってる」


「え?」フィーネが目を丸くする前に、ラインが反論する。


「ですが、《剣聖》様が王になれば、この国は安泰かと……!」


「違うわ。《剣聖》っていうのは、“戦場の英雄”よ? 戦が起これば真っ先に最前線に立つべき人。それが王になったら、前線もこの国も回らないわ」


「なるほど……」ラインは目を伏せたが、まだ納得しきれない様子。


「でも、《剣聖》様に勝てる人なんて、この世に――」


「いるわよ」


私はきっぱりと言い切った。


「私は、フィーネに勝てる者を知ってる」


「……すみません、少し熱くなりすぎました」


「いいのよ。でも、冷静さは大事よ。指揮官は常に、冷静でなくちゃいけないから」


私がそう言い切ったとき。


フィーネが、静かに口を開いた。


「……私、ルメリアに行く」


「え?」


「このままじゃ、公王候補としてじゃなく、一人の人間としての自分が分からなくなりそうだから。少し、考えたいの。サティ。あなたの領地でなら、それができる気がする」


彼女の瞳は、いつものようにまっすぐで、そして強かった。


こうして、《剣聖》フィーネは王の座から一歩退き、ルメリアへと向かうことを決めた。


それが、世界の流れを少しずつ変えていく――始まりだった。

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