旅立ちの条件
野外演習を終え、私たちは一度王城へと戻ってきた。
その目的は、今後の進路について陛下との会談を行うため。
王家の応接室――格式高く飾られた部屋の扉をくぐると、既に主はそこにいた。
「野外演習、ご苦労であった」
深い青のマントを羽織ったアーノルド陛下が、真っ直ぐにこちらを見て声をかけてきた。
「受けてよかったと思ってるよ」
私――サティ・フライデーは、いつもの調子で返した。
側にいた生徒たちは一瞬固まった。
そしてすぐに、ざわつきが広がる。
「ちょっ、ちょっと先生! 陛下にタメ口って……それ、さすがにまずいですよ!?」
「大丈夫なのよ。私はね」
肩をすくめて答える私に、生徒たちは呆然としながらも、信じきれないといった表情を見せる。
「サティの言っていることは事実だ」
そんな空気を読んだのか、アーノルド陛下が軽く微笑みながら補足する。
「彼女は王家専属の冒険者。私とは古くからの付き合いだ」
「え……先生って、そんなにすごい人だったの……?」
ようやく納得してくれたようで、生徒たちの視線が尊敬の色に変わっていく。
慣れてはいるけれど、やっぱりちょっとくすぐったい。
「それで、何か用があったから来たのではないのか?」
アーノルドが、少し姿勢を正しながら切り出してくる。
「前に話したでしょ。私の街に《剣聖》や《聖女》を教師として呼びたいって」
「……実習前にそんなことを言っていたが、本気だったのか?」
「本気よ。冗談だと思ってたの?」
「《剣聖》などの英雄を教師にしたいなんて言われて、信じる者がいると思うか?」
「それは……いないかもね」
笑ってごまかすしかなかった。
「それで、その件と、ここに学生たちがいるのは何か関係があるのか?」
「ええ。この子たちを旅に連れていこうと思ってるのよ」
話は一気に核心へと進む。
「まさか、《剣聖》たちに会いに行くつもりか?」
「もちろん。その“まさか”よ」
私は自信たっぷりに頷く。
あとはこの場で許可さえもらえれば、準備は完了だった。
「許可してもいいが、条件がある」
アーノルドが小さく笑みを浮かべて言った。
「条件?」
身構える。王家からの条件ともなれば、相応の責任や義務がついてくるのが普通だ。
だが次に放たれた言葉は、私の予想をあっさりと裏切った。
「陛下ではなく――アーノルドと呼んでくれ」
「えっと……それだけ?」
肩透かしという言葉がぴったりだった。
「それだけだ。ずっと“陛下”などと堅苦しいのは性に合わん」
少しの沈黙のあと、私は肩をすくめて微笑んだ。
「わかった。アーノルド」
それを聞いて満足そうに頷くアーノルド。
場の空気が、ふっと和らいだ気がした。
そして――
翌朝、私たちは《剣聖》が住まう地、パステコ公国へ向けて旅立った。
教師と生徒としての関係を越え、新たな冒険の幕が、静かに上がろうとしていた。




