サティのスキル
冒険者ギルドのロビーには、今日も活気が満ちていた。
上階を目指す冒険者たちの叫び声、戦利品を掲げて戻る者の歓声、そして何より、そのすべてを支える受付嬢たちの冷静な声――。
「先輩!業務が終わりません!このままじゃ、残業ですよ〜!」
後輩受付嬢の悲鳴にも似た訴えに、サティ・フライデーはため息をついた。
「そればかりは仕方ないわ。塔が盛り上がっている時期だもの」
塔――それは街の中心に聳え立つ、未知のフロアが無限に続くとされるダンジョンだ。攻略を目指す者は後を絶たず、今日もまた伝説級のパーティが戻ってきていた。
「おい、聞いたか!『白金の盾』と『黄金の剣』が帰還したらしいぞ!」
その一報にロビーがざわめく。受付に殺到する低級冒険者たちの目が期待に輝いた。
「攻略できたんですか!?」
だが、その答えは甘くない現実だった。
「……チッ」
黄金の剣のリーダーが苛立ちを隠しきれず、舌打ちをする。
「皆、すまない。……まだ、塔の攻略は終わっていない」
その瞬間、空気が一気に冷めた。ざわつきが広がり、誰かが問いかける。
「じゃあ、なんであなたたちは戻ってきたんですか?」
「物資の調達だ。次に備えてな」
その一言に、人々は再び安堵する。敗北ではない、あくまで準備中なのだと。
──だが。
「……はぁ、やっぱり私が行くしかないか」
ふと漏れた呟きに、隣の後輩が首を傾げた。
「先輩? 今、何か……」
「なんでもないわ」
それきり、サティは黙って業務に戻った。
だがその夜、月が塔を照らすころ――彼女の姿はギルドにはなかった。
「塔、攻略しに来ちゃった」
真夜中の塔には、ほとんど人の気配がなかった。静まり返った石造りのフロア。だが、最上層のボス部屋の前に来たとき――
「……戦ってる?」
扉の向こうから、金属がぶつかり合う音が響いていた。塔のルールは絶対だ。一度ボスとの戦闘が始まれば、それが終わるまでは誰も入れない。
「スキル《大罪》色欲・変異」
淡く光る魔方陣がサティの足元に浮かび上がる。その姿が、みるみるうちに後輩受付嬢のものへと変わった。
「姿を見られると厄介だからね……この姿で行こう」
彼女のスキル《大罪》は、傲慢、憤怒、色欲、暴食、嫉妬、強欲、怠惰、虚飾、などの禁断の力。
「……さて、ボス退治と行きますか」
変装した姿で、静かに扉を見据える。塔を熱狂させる者たちの裏側で、本当の攻略者が動き出す。
サティ・フライデー――その名を知る者は、まだ誰もいない。