ダンジョン出現
幹部会議の翌日──
その日は、サティ・フライデーにとって久しぶりの完全オフだった。
「休みは最高ねっ!」
軽やかな声が朝の部屋に響く。窓から差し込む陽光が、整えられた部屋を柔らかく照らしていた。サティはパジャマ姿のまま、軽く伸びをしながらキッチンへ向かう。
「昨日のうちに買っておいてよかった……」
冷蔵庫の扉を開けて取り出したのは、ふわりと甘い香りを放つチョコレートケーキ。ご褒美の品だ。箱を丁寧に開け、ケーキを皿へ移す。その手つきには慎重さと期待が込められていた。
「いただきます!」
手を合わせてから、ひとくち。
「ん~っ……しあわせ……!」
仕事漬けの毎日。山積みの報告書、押し寄せる冒険者たち、鳴りやまない連絡石……そんな日々を耐え抜いた自分への、小さなご褒美。
「仕事で疲れた身体を癒すのは、やっぱり甘いものよね……!」
ゆっくりと紅茶を口に運びながら、休日を味わっていたそのときだった。
──ピピピッ。
鳴り響く通信魔石。いやな予感が背筋を走る。
「……嘘、やめてよね?」
おそるおそる起動して内容を確認すると、表示されたメッセージにサティは言葉を失った。
> 『新ダンジョン出現のため、休暇中の職員は至急ギルド本部へ集合のこと』
「なんですってぇぇぇぇぇ!?!?」
部屋中に響く絶叫。
せっかくの休日。のんびり寝て、スイーツを食べて、何も考えずに過ごすはずだったその日が、容赦なく崩れ去っていった。
* * *
ギルド本部──
呼び出しに応じて集められた職員たちの中に、当然ながらサティの姿もあった。仕事用の制服に着替え、髪を整え、顔にはいつもの“受付嬢スマイル”を浮かべてはいるが、目の奥には疲労と怒りが滲んでいる。
そんな職員たちを前に、支部マスターが神妙な面持ちで口を開いた。
「休暇中に急な呼び出し、申し訳ない」
最初に謝罪の言葉を口にしたことで、少しだけ空気が和らいだ。
「新ダンジョンが出現した。場所はこの街から東、アウグスト砂丘の先にある――“塔”だ」
「塔……?」
サティがぽつりとつぶやく。
「そう。つい最近まで、そこには何もなかった。報告によれば、突然現れたようだ。まるで、空から降ってきたように」
そう続けたマスターの言葉に、場の空気が少しだけ張り詰めた。
「本当にただのダンジョンなのかしら……」
独り言のようにつぶやくサティに、別の声が静かに答える。
「ただのダンジョンであってくれと、私も願っているよ」
ギルド本部マスター、ハイドだった。昨日までは《死神》捜索に燃えていた彼が、今日はまた別の未知と向き合おうとしている。
「まだ、私……残業終わってないのに……! 日々の報告書も積んでるのに……!」
サティの抗議は、誰に向けられたものでもない。
だがギルドの動きは早かった。
現地調査班の派遣。魔術師による簡易測量。塔の存在を確認するための監視体制──次々に指示が飛び交い、街全体が騒がしくなっていく。
「まったく……一難去ってまた一難。せめてケーキくらい、食べ終えてからにしてほしかったわ……!」
受付嬢サティ・フライデー。
彼女はまだ知らない。
“塔”の正体が、これまでの常識を覆す“何か”であることも──
そして、その塔に導かれるように、《死神》としての彼女に再びスポットライトが当たることも。