《死神》、城に帰還す
「……王妃と連絡がつかないな」
パレードの終盤、王城に戻る直前に国王陛下がふと顔を曇らせた。
私も姫様用のミーティアを取り出し、試しに通信を試みる。
「……繋がりません。応答もありません」
不安が胸に広がる。さっきまで笑っていたパレードの熱気が、急激に冷めていくようだった。
「何かあったのでしょうか……」
可能性は幾つもある。けれど、それは偶然の不具合なのか、意図的なものなのか。
「電波や通信を妨害する魔道具が使われているのかもしれません」
と、静かに口を開いたのは聖女・ルア・シエン。彼女の目は、淡いが芯のある光を宿していた。
「そんな魔道具があるのか?」
陛下が驚くのも無理はない。けれど、ルアは当然のように頷いた。
「はい。我が国――パルナコルアでも、特殊部隊の訓練などで使われることがあります」
「もし本当に妨害が行われているとしたら、今すぐにでも城に戻るべきです」
緊迫した空気に、フィーネの声も引き締まっていた。
だが――。
「だがここからでは距離がある。今から急いでも王城に戻るまで時間がかかる」
陛下が苦渋の表情で呟く。
その時、全員の視線が私に向いた。
「サティ……なにか、良い手はないか?」
私は少し黙ってから、口を開く。
「あります。ひとつだけ、確実に王城へ戻る方法が」
「本当か!?」
食いつくように問う陛下に、私は頷いた。
「ただし、実行するには陛下に“箝口令”を敷いていただく必要があります」
「箝口令……?」
「はい。私の“スキル”を使います。その効果を広めてしまえば、私の身が危うくなる可能性もある」
「スキル……一体、どんな――」
説明を待たず、私は詠唱に入る。
「スキル《大罪》――虚飾・介入」
呪文が唱えられると同時に、空気がひずみ、視界がねじれた。
気がつけば、私たちは王城の目の前に立っていた。
「な、何が起こったんだ……!?」
「事象を書き換えました」私は静かに答える。「“パレードが終わって王城に帰還した”という結果を、強制的に世界に認識させたのです」
「……なんという力だ。確かに、これは口外すべきではないな」
陛下の目に、ほんの一瞬、畏怖の色が浮かぶ。 それでも信頼は揺るがなかった。
「さて、次は探知に移ります」
私は目を閉じ、魔力を集中させる。意識が城全体に拡がっていく――。
「どうだ? 城内の様子は?」
「詳しくは分かりません。でも、1箇所に大量の人の反応が。そして、個室に1人だけ。あとは……巡回しているような動きが複数」
間違いない。賊が入り込んでいる。
「とりあえず、巡回している連中から叩く。だが、私はここで指示を出す。突入はお前たちに任せよう」
「フィーネ、手伝ってくれる?」
私が視線を向けると、《剣聖》は無言で剣を抜いて頷いた。
「任せて。あなたの背中は守る」
「ルアは陛下の護衛をお願い」
彼女もまた、聖なる光を纏って頷く。
「もちろん。万が一にも、傷つけさせません」
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
振り返りざま、私は陛下に一礼した。
「《死神》よ。任せたぞ」
「はっ。必ず、全員無事に戻ります」
こうして、《死神》と《剣聖》は影を討つため王城へと突入した。




