死神の導き、来訪者たち
パレードの開催が近づき、王国全体が浮き足立つ中。
サティ・フライデーは、静かに準備を整えていた。
ハイドからの召集から数日。
ついに《剣聖》と《聖女》を迎える時が来た。
「さて、そろそろ転移するか」
サティは腰に手を当てて、小さく息をつく。集合場所は国境。《剣聖》の到着予定地点だ。
王都の空気を後にし、魔法陣を描いて一言――「転移」。
眩い光の中、彼女はクラウン王国の外れ、国境近くの小道に立っていた。草木のざわめきが耳に心地良い。
「さて、そろそろ来るかな……」
しばし待つと、遠くから馬車の車輪音が近づいてくる。風に巻かれた砂埃とともに、一台の馬車が静かに止まった。
「あなたが《死神》ですか?」
馬車から降りた護衛の騎士が尋ねる。
「はい。そうです」
(……やっぱり、他の国の人にも“死神”って呼ばれてるのね)
馬車の扉が開き、中から銀髪の騎士服の少女が姿を現す。
「《剣聖》のフィーネ・カステンです。よろしくお願いします」
気品を帯びた立ち姿と、引き締まった眼差し。
「サティ・フライデーです。こちらこそ、よろしくお願いします」
護衛の者に軽く一礼し、サティは続けた。
「それでは、フィーネ様。次は《聖女》を迎えに行きましょう」
「はい、お願いします」
サティはフィーネの手をそっと握り、魔力を流し込む。
「――転移」
次の瞬間、2人はパルナコルア信仰国との国境付近に移動していた。
「……あっという間に着いたね」
「『転移』したからね」
サティが肩をすくめると、フィーネは微笑んだ。
そこへ、再び馬車が姿を現す。
「あなたが《剣聖》様ですね?」
車内から、ふわりと金色の髪を揺らす少女が顔をのぞかせた。
白を基調とした法衣と、穏やかで神聖な微笑み。
「そうだけど、君は?」
「申し遅れました。私は《聖女》、ルア・シエンと申します」
「君が……!」
フィーネが目を見開く。聖女というより、どこか普通の少女のような柔らかさ。
「そして、そちらの方は?」
「クラウン王国からお二人をご案内する者です。よろしくお願いします」
サティは穏やかに応じる。
だが、フィーネがいたずらっぽく聞いた。
「なあサティ、ルアには“あの二つ名”言わないの?」
「物騒な名を知ってるのは少ない方がいいから」
「でも、私……知っていますよ。あなたが《死神》だって」
「……ルアは、どうして?」
「クラウン王国の《死神》。あなたの噂は他国にも届いています。実際にお会いできるなんて光栄です」
(……この分だと、知らない国の方が少なそうね)
と、サティは内心ため息をついた。
「さて、そろそろ移動しましょう。今日は私の領地・ルメリアに泊まってもらいます。明日、王都へ向かうから」
近くの馬車を借り、三人はルメリアへと向かう。
「ここが……あなたの領地?」
到着後、馬車の扉を開けたフィーネとルアは、街の景色を眺めてしばし沈黙した。
整備途中の石畳、立ち並ぶ建設中の建物、所々に残る崩れかけの塀。
「綺麗に片付いてなくてごめんね。叙爵されたばかりだから、まだ整備も行き届いてないの。今、住民たちと協力して良い街にしようとしているところだから」
サティが少し気恥ずかしそうに言うと、ルアが首を振った。
「いえ。理想を目指して進んでいる街には、何よりも価値があります」
「完成したら、また招待してくださいね」
「私も行くよ!」
フィーネもすぐに続いた。
サティは頷いて、にこりと笑った。
「もちろん。あの時よりももっと素敵になったルメリアに、2人を招待するわ。その時は、招待状をちゃんと届けるから」
その夜、《剣聖》と《聖女》はサティの領地に滞在し、静かに、そして少しだけ騒がしく、旅の疲れを癒していった。
それが、後の大事件の幕開けになるとは、この時のサティはまだ知らない――。




