変わりゆく街、動き出す運命
街の開発が進み、スラム街の解体が完了した頃。サティ・フライデーは自らの屋敷に住民代表たちを招集していた。立派な会議室には、貧しいながらもまっすぐな目をした者たちが静かに並んでいる。
「領主様、我々は……これからどこで暮らせばよいのでしょうか」
重く、それでいて率直な問い。
「これから説明します。でも、その前に……」
サティは少し微笑んでから続けた。
「街の整備が終わるまでの間、この屋敷で暮らしてもらおうと思っています」
「えっ、ここに住んでいいのですか!?」
驚きの声が上がる。
「ええ。あくまで仮住まい、だけどね。屋敷は広いし、空いている部屋も多いから」
「……ありがたい限りです」
安堵の表情がいくつか見えた。中には涙ぐむ者もいる。
「それともう一つ」
サティの声が引き締まる。「この街には、これから自警団を設けようと思っています」
「自警団……ですか?」
「そう。簡単に言えば、騎士隊のようなものね。街の警備と治安維持が目的よ。男女問わず、腕に覚えがある人には積極的に参加してほしいの」
「ですが……女性に戦闘や警備は難しいのでは?」
中年の男が遠慮がちに口を挟む。
サティは即座に否定しなかった。ただ真っ直ぐに、その男の目を見つめた。
「確かに、すべての人が戦えるわけではないわ。でも、戦うだけが守る手段じゃない。臨機応変に対応する自警団こそ、これからのルメリアには必要だと私は思ってるの」
「……なるほど。考えあってのことなのですね」
「采配ってほどじゃないけどね」
そう前置きして、サティは話を続ける。
「それと、自警団の隊長だけど……ジン、あなたに任せたい」
「え? 俺、ですか……?」
「そう。あなたは皆から信頼されているし、冷静に物事を見られる。適任だと思う」
「……ありがとうございます。全力で務めさせていただきます」
サティはうなずき、次の議題に移る。
「そして代官の件だけど。私もなるべく街にいるようにするけれど、冒険や任務でどうしても出なきゃいけない日もある。その時のために、代理として街を預けられる人物が必要なの」
「領主様がいらっしゃるなら不要では?」
「でもね、王家専属の冒険者でもある私が常にここにいるわけにはいかないの。だから、信頼できる代官が必要なのよ」
しばらく沈黙があったが、やがて一人が名を挙げた。
「……マーベルはどうでしょう?」
「マーベル?」
「はい。この街の入口近くの宿で看板娘をしている女性です。勇敢で、頭も切れます」
「いいわね。ぜひその子に頼んでみて。大丈夫かしら?」
「もちろんです!すぐに話を通してきます!」
「ありがとう、お願いね!」
和やかな空気の中、扉がノックされる音が響いた。メイドが部屋に入ってくる。
「ご主人様、王様から手紙が届いております」
「ありがとう。すぐ行くね」
手紙を受け取り、読み終えたサティは、住民たちに頭を下げた。
「少し外すけど、話の続きはまた今度ね」
「行ってらっしゃいませ、領主様!」
サティはそのまま転移魔法で王城へと向かった。
* * *
王城、ユーリシアの私室。
「……誰もいないみたいね」
サティは部屋を通り抜け、応接室へと向かう。ドアの前で軽くノックする。
「入りなさい」
王の重厚な声が返ってくる。
「失礼します」
「よく来てくれた。楽にしてくれ」
「ありがとうございます。それで、話というのは?」
国王はサティに手紙を差し出しながら、椅子にもたれて口を開いた。
「実は、近々ある重要な来訪者がこの国にやってくる。パレードも開催する予定だ」
「重要な来訪者?」
「ああ。《剣聖》と《聖女》が見聞を広めるため、他国からこの国へ留学されることになった」
「……大物が来ますね。それで、私が呼ばれた理由は?」
「《死神》として、当日パレードの警備および裏の監視を任せたい。万が一の事態を防ぎたいのだ」
「わかりました。それで、どこの国から?」
「《剣聖》はパステコ公国、《聖女》はパルナコルア信仰国から来る」
「パルナコルア……敬虔な国よね。警備には気を遣うわ」
「頼んだぞ。彼らの身に何かあれば、外交問題になりかねん」
「一週間後ですね。万全を期して臨みます」
「頼もしいな。さすがは我が専属冒険者だ」
会話を終えたサティは深く一礼し、再び転移魔法を使ってルメリアの屋敷へ戻った。
「……明日からまた、やることが山ほどありそうね」
そしてその夜、サティは静かに眠りについた。だが翌朝には、さらなる騒動が――彼女を待ち受けていた。
次回、「剣聖と聖女の来訪編」、開幕。




