新たなる領主、サティ・フライデー
「……広い屋敷ですね」
石造りの階段を上がり、重厚な扉の前に立ったサティ・フライデーは、目の前に広がる屋敷の大きさに小さく感嘆の声を漏らした。
「貴族の屋敷ですからね」
横に立つギルドマスターのモルライトが、肩をすくめて答える。
「……そ、そうですよね」
サティは胸元を軽く押さえながら、深呼吸した。心を落ち着かせ、扉をくぐる。
中に入ると、そこには歴代の領主たちの誇りを示すように、美術品や高級家具が並べられていた。金細工の花瓶、細密に彫られた木製の書棚、王室製の食器。どれもこれも一級品だ。
「……だけど、どうしてこんな立派な屋敷があるのに、街はあれほど荒れてるのかしら」
「それはですね……」モルライトは視線を落としながら口を開いた。「前の領主が、仕事を放棄して毎日酒に溺れていたんです」
「息子や妻が後を継ぐこともできなかったんですか?」
「ええ。旦那様が戦争で戦死してから、家族は行方知れずです。盗賊に襲われたとか、国外に逃げたとか……いろいろな噂が飛び交ってます」
「そうだったんですね……」
一通りの説明を終えると、モルライトは深々と頭を下げた。
「案内は以上になります」
「ありがとう。明日から受付嬢としてもよろしくね」
「いえ、領主様。まずは領主の仕事を優先なさってください」
「ふふっ、分かったわ。今日はゆっくり休ませてもらうわね」
「ごゆっくりと」
夜――
サティは広い浴場で体を温め、疲れを流した後、深く眠りについた。
* * *
翌朝、六時。
「……そういえば、今日から私、領主なんだった」
窓から差し込む光を見ながら、サティはぼんやりと昨日までの出来事を思い返した。受付嬢、冒険者、戦士、そして今や貴族――男爵であり、一都市を任された領主。
「我ながら、波乱万丈な人生よね……」
軽く朝の身支度を済ませると、厨房へ向かい自ら朝食を作る。今日はギルドへ行き、領主としての挨拶をする予定だ。
* * *
「おはようございます」
冒険者ギルドの扉を開けると、職員の一人が元気に出迎えた。
「ようこそ! 何かご用でしょうか?」
「ギルマスに会いたくて。街のことを聞きたいの」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ギルマスターのモルライトが姿を現すと、彼はすぐに職員たちを集めた。
「君たちに紹介したい人がいる。こちらの方だ」
サティは一歩前へ進み、堂々と名乗った。
「初めまして。サティ・フライデーです。このたびルメリアの領主を拝命いたしました。住みやすい街を目指しますので、どうぞよろしくお願いします」
一同は驚きとともに拍手を送った。
「今日はこの後、どちらへ?」
「新しい外壁を作ろうと思って」
「外壁?今のでも十分だと思いますが……」
「足りません。もっと安全で、訪れたくなるような街にしたいんです」
そう言い残して、サティは一度屋敷に戻り、メイドのメイランを連れて街の外縁部――森の近くまで足を運んだ。
「ここら辺でいいかな」
「森の入り口にも近く、人の出入りも多い場所ですね」
「そう。だからこそ、外壁が必要なの」
サティは大地に手をかざし、錬金術を発動。地中から石が隆起し、連なる壁が空へとそびえ立っていく。硬質な石の壁が何本も連なり、まるで砦のように街を守る姿に、メイランは思わず目を見開いた。
* * *
街へ戻ると、モルライトが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「領主様!あの立派な外壁、一体どうやって……」
「後で説明するから、まずは領民を古い壁のところに集めてくれる?」
「……わかりました」
しばらくして、多くの領民が壁の前に集まった。皆、新しい外壁に目を奪われていた。
サティは一歩前に出て、声を張る。
「皆さん。あちらに見えるのが、この街の新しい外壁です!」
ざわつく人々の視線を一身に受けながら、サティは続けた。
「明日、この古い外壁は破壊します。そしてこの街を、もっと安全に、住みやすい場所に変えていきます。どうか、力を貸してください!」
一瞬の静寂の後、大きな拍手と歓声が沸き上がった。
(ここが私の街……ルメリア)
サティ・フライデーの、新たなる統治の物語が今、始まった。




