サティ・フライデー、ルメリアに立つ
「ここが……私の統括する街か」
竜車の扉を開け、眩しい日差しの中へと足を踏み出すと、広がっていたのは巨大な石壁に囲まれた都市――ルメリア。サティ・フライデーは肩にかかる陽射しを振り払うように帽子を直し、城門を見上げた。
彼女の隣では従者であるメイド、メイランが慌ただしく荷物を整えている。
「ユリアスの街、どんなところなんだろうって思ってたけど……実際は想像以上に大きいわね」
竜車の中では、サティの思考は先日の叙爵式の記憶に巻き戻っていた――。
* * *
『サティ・フライデー。お前が納める領地は――ユリアスとする』
『承りました。納めさせていただきます』
貴族たちの間にざわめきが走った。
『ルメリアか』
『あんな小娘にあの街を納められるのか?』
『我々貴族を目の敵にしている戦士や冒険者の成れの果てか』
『逃げ出さないといいけどな……』
『静粛に!』と宰相が一喝し、その場を締めたあと、王は微笑みながらこう続けた。
『これにて解散とする。サティはこの後、応接室に来るように』
『分かりました』
後に応接室で、王から改めて言い渡されたのだ。
『お前は今より男爵となり、サティ・フライデー・ルメリアと名乗るように』
『分かりました』
『ただし、叙爵したからといって王家専属冒険者であることに変わりはない。受付嬢の仕事も異動として処理しておく』
王妃ソフィアとユーリシアもその場に同席していた。
『今度、遊びに行くわね。あなたの街に』
『是非、お越しください』
* * *
「ご主人様、起きてください。着きましたよ」
メイランの声で思考を現実に引き戻され、サティは竜車から降り、ルメリアの石畳を踏みしめた。
門の前では門番が立ちはだかる。
「身分証をご提示ください」
「これです」サティが王家の印が刻まれた小刀を見せると、門番の顔色が変わった。
「こ、これは……失礼しました!まさか《壱級冒険者》でいらっしゃるとは……。どうぞ、お通りください!」
「ありがとう。この娘は私の従者だから、一緒に通してあげて」
門をくぐり、まず向かったのは冒険者ギルド。石造りの荘厳な建物の扉を押し開けると、すぐに一人の男が声をかけてきた。
「ようこそ冒険者ギルドルメリア支部へ。異動してきた受付嬢ですね?」
「はい。サティ・フライデーと申します」
「私はギルマスターのモルライト。ハイド様からの連絡、確かに受け取っております。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ところで……この街の領主屋敷の場所、ご存じですか?」
「領主様にご挨拶ですか? ……残念ですが、この街には現在領主が不在でして」
「知っています。だから私が任命されたんです」
モルライトは一瞬呆けた顔を見せたが、すぐに顔を引き締めた。
「……あなたが、領主?」
「ええ、元は受付嬢でしたが、叙爵を受けてこの街の統治を任されることになりました」
「それは……驚きました。では、ご案内しましょう。領主屋敷まで」
「ありがとう。助かります」
サティは彼のあとに続きながら、巨大な街ルメリアを見渡した。活気に満ちてはいるが、どこか荒んだ空気も漂っている。かつての混乱か、それとも現在も何かが燻っているのか。
(ここが、私の街。これからこのルメリアを、私が守っていくんだ)
サティの新たな戦いが、ここから始まる――。




