叙爵と王妃の紅茶
「王様、サティと名乗る冒険者が城門前に到着しております」
「通せ。今後その者が訪れた際は検査は不要と、門番全員に通達しておけ」
「かしこまりました」
王都の守護隊──通称・門番──へ即座に伝令が飛び、サティ・フライデーという冒険者は、王都において“例外”の存在となった。
* * *
「失礼します」
「そんなにかしこまらなくていいぞ」
「そうはいきませんよ、陛下。それで……本日は、どのようなご用件でしょうか?」
サティは礼を崩さず、凛とした声で問いかけた。
「うむ。早速本題に入るが、サティ。お前を叙爵することにした」
「……そうですか、私が……」
受け答えの途中で、思考が追いついていないことに気づく。
「……すみません。陛下も、冗談を仰るのですね」
「誰も冗談など言ってはおらん」
「……え?」
沈黙の後に、現実が追いついてきた。
「では……私が、叙爵されるというのは……事実、なのですか?」
「そうだ。ギルド総督、戦士長からの報告も届いておる。単独でダンジョンを攻略したことも、“変化”の力を持つことも、すべて把握している」
「……まさか、そこまで知られていたなんて」
「ユーリシアは、実に優秀な人物を選んだようだな」
その一言で、サティは覚悟を決めた。
「……分かりました。姫様の護衛である以上、それなりの身分も必要でしょうし、貴族になります」
「感謝する。叙爵式は改めて催す。その連絡を待っていてくれ」
「かしこまりました」
* * *
応接室を出て、案内された部屋──ユーリシアの隣室に入ると、しばらくして扉がノックされた。
「サティさんの部屋かしら?」
その声は、ユーリシアのものではなかった。扉を開けると、そこにいたのは優雅な立ち姿の女性。
「王妃様……でしたか」
「よく分かったわね。ソフィアよ」
「ご用でしょうか?」
「用がなきゃ来ちゃいけないの?」
「い、いえ、そんなことありません!」
「ならよかったわ。ユーリシアの護衛を引き受けてくれて、ありがとう」
「もったいないお言葉です」
「それでね──今日は、お茶会に来てほしいの」
サティは内心、焦った。王妃とお茶会だなんて、どんな噂になるか分からない。ここは考える必要があった。
「分かりました。ですが……ソフィア様の“娘”として参加させていただいても?」
「ふふ、いいわよ。面白い遊びになりそう」
* * *
ところが。
「あなた、ユーリシアじゃないわね?」
「……お母様、何をおっしゃって」
「ユーリシアはね、いくら誘ってもお茶会には一度も来ないのよ」
――完全に見破られていた。
「……すみません。私です。サティです」
「やっぱり。でも安心して。お茶会のメンバーは、私とあなただけよ」
「え、そうなんですか?」
「さあ、着いてきなさい」
案内された部屋には、既にティーセットやお菓子が並べられていた。
「これだけ用意するのに、時間かかるはずですよね?」
「朝から準備させていたの」
「私が断っていたら……?」
「“もし”の話は無粋よ」
「……ですよね」
* * *
お茶会のあと、王妃はサティを庭園に誘った。
「ここ、綺麗ですね……」
「自慢の庭なの。次はね、第一王女に会ってもらいたいの。きっとあなたと気が合うわ」
「はい、私でよければ」
「ありがと。さ、今日はゆっくりお休みなさい」
* * *
翌朝、朝食を終えたサティの元に、1人のメイドが現れた。
「このたび、陛下より命を受け、サティ様の専属メイドとなりました。メイランと申します。よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、よろしくね」
「それと、陛下がお呼びです。叙爵式にてお待ちです」
サティはメイランの案内で、玉座の間へと足を運んだ。
* * *
「サティ・フライデー、入られよ」
宰相の声が響き、サティは前へ進む。そして片膝をついて、頭を垂れる。
「頭を上げよ」
「ありがとうございます」
「この度、皆の者を招集したのは、この者・サティを叙爵するためである」
その瞬間、貴族のひとりが前へ出た。
「お待ちください、陛下!」
「ファルメル子爵、何事か?」
「この者に爵位を与えるのは、時期尚早かと」
賛同の声がいくつか上がる中、王は静かに言った。
「ならば問おう。そなたは“ブラックドラゴン”を単独で討伐できるのか?」
「……そんなこと、できるはずが──」
「だがサティはそれを成し遂げた。目撃者も複数いる。これは疑いようのない事実だ」
「ですが、」
「これは王の決定である。反対するのであれば、王命に逆らうとみなす」
「……陛下のお心のままに」
ファルメル子爵は、唇をかみしめながら下がっていった。
* * *
叙爵式の後、玉座の間に残っていたサティの元へ、ユーリシアが駆け寄った。
「サティさん、聞きましたよ! 貴族になったって!」
「……耳が早いですね」
「当然です。私の戦士様のことですもの」
「でも……まさか、あの街を統治することになるなんて。頑張ってくださいね!」
「……ありがとうございます」
いろんな人から「頑張れ」と言われるけれど、もしかして──これから行く街、ただの街じゃないのでは?
そんな不安を胸に、サティ・フライデーは新たな階段を一歩ずつ登っていくのだった。




