受付嬢業務と残業
王都での研修を終え、私は久しぶりにトキワ支部へと戻ってきた。
「あの頃より、ほんの少し世界が違って見える」
そんなことを思いながらギルドの扉を開けると、すぐに支部マスターに呼び出された。
応接室の扉を開けた瞬間、マスターの不機嫌な声が飛んできた。
「サティ、連絡がなかったから心配してたんだよ。今まで何してたの?」
「申し訳ありません。戦士として、ユーリシア姫殿下の護衛任務についておりました」
私としては、正直に答えたつもりだった。しかし——
「な、に……? 戦士? 護衛? 受付嬢のお前にそんなことできるわけないだろう!? 嘘をつくなら、もっとマシな作り話にしろ!」
ああ、やっぱり信じてもらえない。
戦士長は信じてくれたのに。王様だって、あれだけ歓迎してくれたのに。どうしてこの人だけ、私を「受付嬢」の枠から出してくれないんだろう。
「嘘じゃないです! 本当です!」
思わず声が強くなった。でも、マスターは手を振って言った。
「……まぁいい。休んでいたことはもう問わない。早く業務に戻りなさい」
「……分かりました」
私にできるのは、ただ仕事をこなすこと。粉骨砕身で一日中働いた。
ようやく家に帰り、湯船に浸かって体を休める。湯気と共に、心のもやが少しずつ溶けていくのを感じながら、ついそのまま眠気に負けて早めに床についた。
* * *
翌朝。まだ目が覚めきらぬまま、窓辺に一羽の伝書鳩を見つけた。
「誰からの……?」
足にくくられた手紙をほどいて開くと、王家の紋章が封蝋に押されていた。
「王様から……?」
手紙にはこう書かれていた。
> 冒険者サティ。元気にしているだろうか。貴殿に頼みたいことがあるため文を書くことにした。詳しい話は直接会って話したい。近日、王城へ参られよ。
「……なるほどね。明日は休みを取って行くか」
出勤時、マスターに「明日は王様と謁見するため休みます」と報告すると、さすがに文句は言われなかった。王の名前が出れば、どんな現場でも従うしかない。
その日の業務に入ろうとした矢先、掲示板の横に貼られていた張り紙が目に入った。
——《職員ルリ・アステリア、異動通知》。
「そうか……ルリ、異動するのね」
行き先の記載はない。本人のみに伝えられる異動、ということなのだろう。だから、これは静かな別れだ。
「私は私で頑張る。ルリも新しい場所で輝けますように。また、いつか……」
私は背筋を伸ばしてカウンターに立った。
「いらっしゃいませ。どの依頼をお受けになりますか?」
明るく、笑顔で。冒険者たちの背中を送り出すのも、私の大切な仕事の一つだ。
* * *
営業時間が終わり、帰ろうとした私に、サブマスターが声をかけてきた。
「ちょっと。サティ、お願いがあるの」
「なんでしょうか?」
サブマスターが私に頼みごとをするなんて珍しい。私は少し警戒しながら話を聞いた。
「この資料、処理してほしいの」
目を通してすぐに違和感を覚えた。
「……でも、これって私の仕事じゃなくて、サブマスターの管轄じゃないですか?」
「そうよ。私の仕事よ」
「じゃあ、なんで……?」
「決まってるでしょ? めんどくさいからよ」
腕を組んで、堂々とした態度。開いた口がふさがらなかったが、グッと飲み込んで言った。
「……分かりました。やらせていただきます」
——あなたみたいな立場の人が、そんな理由で人に押しつけていいんですかね。
心の中でそう突っ込んだが、声には出さない。今、波風を立てるつもりはない。
残業を終えて帰宅すると、時計はすでに予定より二時間も進んでいた。
「……まぁ、明日は休みだからいいか」
帰り道で買ったケーキをひと口。甘さが今日一日の疲れを和らげてくれる。
「明日は王様のところに行かないと……」
湯に浸かりながら目を閉じると、あっという間に眠気が襲ってきた。
——あの王様は、今度はどんな話を持ちかけてくるのだろうか。
答えは、明日わかる。




