旅路の終わり
祭壇を覆っていた黒い瘴気は、黒幕の消滅と共に霧散していった。
静まり返った森の奥で、サティはしばし膝に手をつき、荒い呼吸を整えていた。
「……終わった、の?」
ルリが呟く。彼女の白い頬には汗がにじみ、しかしその瞳には安堵の光が宿っている。
「ああ……奴の気配は完全に途絶えた。もう動き出すことはないだろう」
サティはそう答えながら、祭壇の中央に残された黒い結晶の欠片を見下ろす。
黒幕の力の核と思しきそれは、いまや砕け散り、ただの石ころに戻っていた。
───だが。
(すべてが終わったわけではない。この影の背後には、まだ誰かがいるはずだ)
サティの心中には確信があった。黒幕が用いた魔術、瘴気の質、そして最後の瞬間に呟いた「主」という言葉。
討ち果たしたのは駒に過ぎない。
その真実は、彼女の胸を冷たく締めつける。
「サティ」
そっと肩に触れるルリの手が、彼女を現実へと引き戻した。
見ると、クラウディアが森の外れに立っている。
いつの間にか姿を現した彼女は、ただ静かに頷いた。
「影は退けられました。けれど、影を操る意志はまだどこかに潜んでいます」
「わかってる。でも今は……戻らないと」
「ええ。ルメリアには人々が待っていますから」
サティは深く息を吐き、森を見回した。かつて怨念に満ちていた空気は澄み、鳥たちが小さく鳴き始めている。
静寂の中に、再び命の気配が満ちていく。
「行こう。報告もしなきゃならないし、休息も必要だ」
「うん……帰ろう、サティ」
二人は肩を並べ、祭壇を後にした。
木々の隙間から差し込む光が、戦い抜いた彼女たちの背を静かに照らしていた。




