新たな出会い
朝靄の中、旅人亭の扉がきしんで開いた。
中ではまだ昨夜の余韻が残っていて、樽の香りと焼き立てのパンの匂いが混じり合っている。カウンターの奥では亭主の妻が手際よくスープを温めており、木製の長卓には早起きの客が数人、黙々と朝食をとっていた。
階段を下りてきた主人公に、亭主が気さくに声をかける。
「おはようさん。ぐっすり眠れたか?」
「ええ、おかげさまで」
硬い寝床を覚悟していたが、出された部屋は思いのほか清潔で、夜通し降り続けた雨の音にさえ安らぎを感じられた。
朝食を受け取って席につくと、隣には昨夜見かけた旅人がいた。赤いマントを羽織った青年で、こちらに軽く会釈してからパンをちぎる。
「この辺りに来るのは珍しいだろう。どこから来た?」
不意に声をかけられ、サティは少し考えてから答えた。
「……遠い北の方から。道を探している最中なんです」
青年は興味深そうに目を細める。
「なら、この旅人亭は良い場所に寄ったな。ここでは行き交う旅人が必ず何かを残していく。噂でも、地図でも、あるいは……運命そのものでも」
その言葉に、サティはスープを口に運ぶ手を止めた。
ただの宿だと思っていた「旅人亭」が、何かを繋ぐ場なのかもしれない。そう思った瞬間、入口の扉が勢いよく開いた。
ずぶ濡れの商人風の男が転がり込むように入ってくる。
「た、大変だ! 街道沿いで盗賊が出た! 荷車を全部……!」
旅人亭の空気が一変した。客たちの視線が一斉に男へと向けられ、ざわめきが広がっていく。
サティはパンを置き、静かに立ち上がった。
これがただの休息の場所ではない───「旅人亭」で出会った者たちと共に、新たな出来事が始まろうとしていた。




