旅人亭
王都から数日の道のりを経て、二人はようやく次の街へとたどり着いた。
遠くからでも見える高い城壁と、石造りの塔。街道を行き交う商人や旅人たちの数は王都ほどではないにしろ、賑わいが感じられる。
門をくぐると、焼き立てのパンの香りや、荷馬車の軋む音、人々の笑い声が押し寄せてきた。
サティは小さく息をつきながら、ルリへ視線を向ける。
「……思ったより活気がある街ね」
「ええ。王都を出てすぐの街だから、商人の中継地になっているのでしょう」
街路は石畳で整備され、露店が軒を連ねていた。旅人向けの武具屋、宿屋、食堂……どれも客引きの声が元気よく響く。
二人が足を止めると、子どもが花束を差し出してきた。
「お姉ちゃんたち、旅人でしょ? この街に来た人は、みんなお花を買っていくんだよ!」
無邪気な声に、サティは思わず微笑む。
こうして、王都を発って初めての街での一日が始まろうとしていた───。
***
サティとルリは街を歩きながら、まず宿を探すことにした。
夕刻の鐘が鳴り、街の影が少しずつ長く伸びていく。
「大きな宿なら、情報も集まりやすいはずよね」
サティがそう口にすると、ルリは頷いて門の近くの通りを指さす。
「ほら、あそこ。『旅人亭』って書いてあるわ。馬車置き場も広いし、きっと旅人向けよ」
扉を押して入ると、温かな灯りと香ばしいシチューの匂いが迎えてくれた。
中はすでに賑わっており、冒険者らしい一団や、商人たちが酒を酌み交わしている。
カウンターに立つ宿の女将が声を掛けてくる。
「おや、王都からのお客さんかい? 二人旅なら二階の部屋がちょうど空いてるよ」
「お願いします」
サティはそう言って鍵を受け取り、ルリと顔を見合わせる。
少しずつ、旅の形が整っていくようで、不思議と胸が温かかった。
部屋に荷物を置いたあと、二人は食堂に降りて簡単な夕食を取ることにした。
椅子に腰を下ろすと、隣の席で飲んでいた男が興味深そうに声をかけてくる。
「お嬢さんたち、旅の途中かい? なら、この街での噂を聞いていったほうがいい」
サティが軽く首を傾げると、男は声を落として言った。
「……最近、この街の近くで妙な失踪事件が起きてる。夜にだけ現れる影の怪物が出るって噂だ」
ルリが静かに眉をひそめる。
「……ただの噂、で片づけられるといいのだけれど」
旅の始まりにして、最初の影が二人の前に立ちはだかろうとしていた───。




