表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第23章 謙虚の継承者・セリーヌ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

208/264

セリーヌの試練

二つ目の光を踏み越えた瞬間、空気が重くなる。


周囲の景色は鏡張りの広間に変わり、無数のサティがあらゆる方向に映っていた。


一歩進むごとに、鏡の中の「自分」が違う表情を浮かべる。


傲慢な笑み、怯えた瞳、冷酷な視線──それは、サティが心の奥に押し込めた感情の断片だった。


「ねぇ、あなたは本当に正しいの?」

正面の鏡の中から、声が響く。


そこに映っているのは、完璧な笑顔を浮かべたもう一人のサティ。


その瞳は底知れず暗く、そして残酷だった。


「力を手に入れても、守れるものなんて限られてる。だったら最初から、全部切り捨てればいい。

そうすれば……傷つかない」


サティは唇を噛み、視線を逸らさない。


「……私は、切り捨てるために力を求めたんじゃない」


偽りのサティが、ゆっくりと鏡から歩み出る。


同じ顔、同じ声、同じ力を持つ存在──ただし、ためらいも慈悲もない。


「じゃあ証明してみせて」

偽りのサティは手をかざし、闇色の刃を生み出した。


「本物がどちらか、ここで決めよう」


足元の鏡が砕け、破片が宙に舞う。


その瞬間、試練の場は戦いの舞台へと姿を変えていった。



***


目を開けると、そこは春の庭だった。


花が咲き乱れ、柔らかな風が頬を撫でる。


遠くから笑い声が聞こえ、サティの胸の奥を微かに締めつける。


花の向こうに、亡き母の姿が見えた。


「サティ……おかえり」

母は優しく微笑み、両手を広げている。


その腕に飛び込みたい衝動が、心の奥から突き上げる。


「忘れてしまったの? あなたはここに帰ってくるはずだった」

母の声が、甘く絡みつく。


足が前へ動く──あと一歩でその腕の中に届く。


だが、サティは目を伏せ、深く息を吸った。

(……これは現実じゃない。進まなきゃ、試練は終わらない)


次の瞬間、母の姿は歪み、溶けていく。

花々も音も消え、残ったのは無音の石畳だけ。


「よくできました」

背後からセリーヌの声が響く。


「最初の扉は開きました。でも……次はもっと、あなたの心を抉ります」


闇の中に二つ目の光が浮かび、道を照らし出した。


サティは足を踏み出す──さらなる幻影が、彼女を待ち構えていた。



***



 薄暗い空間に、一歩踏み込む。


 足元に敷かれた白い石畳は、どこまでも真っすぐに続いているようで───しかしその先は、靄に覆われて何も見えなかった。


 背後の扉は音もなく閉じられ、帰り道は断たれる。


 この瞬間から、すべては試練の領域。外界の理はここには通じない。


 ───カツン。


 歩き出した足音が、やけに鮮明に響いた。

 その音を追いかけるように、前方の靄の中から、何かが浮かび上がる。


「……私、か」


 現れたのは、サティと寸分違わぬ姿をした女性。


 表情まで同じ──いや、違う。目の奥に浮かぶのは、嘲笑。


『弱い自分を誤魔化すために、力を求めた。

 その力がなければ、あなたはただの───何もできない受付嬢』


 その声は、耳ではなく心を直接叩く。


 自分の中に潜んでいた疑念が、外の形をとったかのようだった。


 サティは眉一つ動かさず、視線を正面に据える。


「それがどうしたの? 私は力を使うために、この場所に来た」


 偽物のサティは、にやりと口角を上げる。


『ならば証明してみせろ。本当に、力を持つ資格があるのか』


 次の瞬間、偽物の背後に影が渦巻き、漆黒の剣が形を成す。


 殺気が、空間そのものを凍りつかせた。


 ───試練は、すでに始まっている。



***


 空気が、刃のように張り詰めていく。


 影の剣を構えた偽物は、一歩も動かず──その存在感だけで圧をかけてきた。


 サティは深く息を吸い、左手に影を集める。

 ───暴食。


 漆黒の霧が掌から広がり、触れた石畳を音もなく削り取っていく。


「来い」


 挑発するようなその一言に、偽物の足が弾かれたように動いた。


 次の瞬間、剣の切っ先が目の前に迫る。


 速度は、常人の目では追えない。


 ギィンッ――!


 影の障壁を展開し、剣を受け止める。火花が散り、衝撃が腕を痺れさせた。


 しかし偽物は止まらない。二撃目、三撃目──一切の間を与えぬ連撃。


 受け止めるたびに、サティは悟る。

 ───これは私の技だ。私が歩んできた戦い方そのもの。


 つまり、この相手は私が使えるすべての手段を知っている。


「……面白いじゃない」


 影を脚へとまとわせ、一気に間合いを詰める。


 反撃の拳が偽物の頬をかすめ───そこから、

戦いは純粋な殺し合いへと変わっていく。


 剣と影、蹴りと拳。


 互いの思考を先読みし、裏をかくためにさらに裏をかく。


 自分との戦いほど、厄介なものはない。


 だがサティの目には、冷たい光が宿っていた。

 ───自分を倒せるのは、自分しかいない。


***


 刹那、二人の動きが完全に重なった。


 攻撃も、防御も、間合いの詰め方も───すべてが同じ。


 鏡合わせの戦いは、互いに決定打を許さないまま続いていく。


 しかし、サティは口元にわずかな笑みを浮かべた。


 「同じ動きなら、先に壊すだけ」


 次の一撃を受け流し、わざと隙を見せる。


 偽物は当然そこを突いてくる──が、その瞬間。


 ───影が弾けた。


 それは暴食と影縫いを同時に重ねた、サティだけが使える変則の罠。


 踏み込んだ偽物の足が石畳に縫いつけられ、動きが一瞬止まる。


 その刹那、サティは右手に全ての影を収束させる。

 「暴食──終焉」


 黒い渦が弾丸のように放たれ、偽物を飲み込んだ。


 空間ごと削り取るその一撃は、逃げ場を与えない。


 衝撃が収まり、視界が晴れた時──そこに立っていたのは、もうサティ一人だけだった。


 ……静寂。

 そして、耳の奥に響く声。


『己を超えた者よ──次の扉を開く資格を与えよう』


 足元の石畳が淡く光り、先の靄が割れて道が現れる。


 試練は、まだ続く。


 サティはわずかに息を整え、前へと歩き出した。


 その瞳は、先ほどよりもずっと冷たく、鋭く輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ