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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第23章 謙虚の継承者・セリーヌ編

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試練の始まり

 山間の修道院は、夜更けでもかすかな灯りが絶えなかった。


 深夜の鐘が一度だけ鳴り、その余韻が石造りの回廊に消えていく。


 サティは硬い寝台から身を起こす。眠れなかった。


 理由は、今夜から始まる――《謙虚》の試練。


 もっとも、正確には「試練らしい試練」はないと聞かされていた。


 セリーヌはただ「数日間、ここで静かに過ごしなさい」とだけ告げたのだ。


 その言葉が逆に落ち着かない。


(試練って、もっと分かりやすい戦いや、力の発現があるんじゃないの……?)


 廊下の先で、微かな声がした。


 修道女たちの祈りでもなく、誰かの読経でもない。――囁き声。


 近づくと、木扉の隙間から漏れる蝋燭の光と、影が揺れるのが見えた。


「……あの娘は強すぎる。あれは人の器じゃない」


「だからこそ、謙虚を学ばせる必要があるのよ」


 耳に刺さる言葉。


 サティは咄嗟に足を止めた。扉の向こうから聞こえる声の一つは、セリーヌのものだった。


(……私のこと、話してる?)


 その時、セリーヌは扉の向こうでゆっくりと瞼を閉じた。


 気配を察知した───だが、あえて気づかぬふりをする。


(ここからが、あなたの引き金……サティ・フライデー)


 セリーヌは心の中で呟く。


 彼女の試練は戦いではない。


 他者の評価、陰口、誤解──そうした“剥き出しの人間”に触れて、己をどう律するか。


 その瞬間を見極めることこそ、《謙虚》の扉を開く鍵だった。


 サティは胸の奥でざらついた感情を抱えたまま、その場を離れた。


(私は……強すぎる、か)


 自分の力を誇ってきたわけではない。


 だが、それを否定された時──何かが心の奥で軋んだ。


 夜は深く、試練はもう始まっていた。



***



修道院の奥、案内もなくサティはひとり歩いていた。


回廊はやがて途切れ、壁際の窓から差し込む光も薄れていく。


聞こえるのは、石畳を踏みしめる自分の足音だけ。


「……こちらです」

静かな声が闇の向こうから響いた。


声の主は姿を見せず、まるで影が語りかけてくるようだ。


進むごとに、空気は湿り気を帯び、かすかな香が鼻をかすめる。


それは甘い花の匂いに似ているが、どこか不安を掻き立てる。


やがて前方に、薄紫色の光が滲む扉が現れた。


扉の表面には古い文字と、複雑な魔法陣が刻まれている。


サティが手をかけた瞬間、周囲の空間がわずかに揺らぎ、足元から冷たい霧が立ち昇った。


「心を乱さぬ者だけが、ここを抜けられる」

声がまた響き、扉がゆっくりと開く。


中は、昼も夜もない薄暗い空間──天井は見えず、足音が吸い込まれるほどの静寂。


踏み込んだ瞬間、背後の扉は音もなく消え、サティはセリーヌの試練の場に閉ざされた。


***


薄暗い空間の中央に、一脚の椅子が置かれていた。


その背後には人影──艶やかな黒髪と、淡い紫の瞳を持つ女が立っている。


その微笑みはどこか懐かしく、そして危うい。


「ようこそ。あなたの心を知るための、少しだけ長い散歩にお付き合いください」

女はそう言い、歩み寄ってくる。足音は響かず、まるで地面を滑るようだった。


次の瞬間、空間が変わる。


目の前には修道院の庭──いや、違う。


そこに立っているのは、もう二度と会えないはずの人たち。


優しい声、温かな笑顔、手を差し伸べてくる家族や仲間の姿。


「あなたは、どちらを選びますか」

セリーヌの声が、耳元で囁く。


「過去に還る幸福か、それとも──今を進む覚悟か」


周囲の景色は甘く優しい光に満ちているが、足元には目に見えぬ淵が口を開けていた。


一歩でも心を迷わせれば、そこに引きずり込まれるだろう。


サティは息を整え、ゆっくりと目を閉じた。


心を乱さず、進むべき道だけを見据える──それが、セリーヌの試練の始まりだった。

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