謙虚への試練・直前
旅の道中、空は鈍い灰色に覆われていた。
街道を行き交う旅人たちの声は小さく、どこかよそよそしい。
サティは馬の手綱を引きながら、胸の奥に広がるざわめきを振り払おうとした。
「……妙に静かだな」
隣を歩くルリが周囲を見回す。
その視線は鋭いが、何かを探すというよりは、何かに備えているようだった。
「静かすぎる。こういう時は、何かが近い」
サティは頷くが、その言葉の意味を深く考える暇はなかった。
道端で、老女が荷車を押しながら立ち止まり、サティを見つめていたのだ。
皺だらけの手が震え、かすれた声が彼女を呼び止める。
「……あなた、耳を持つかい?」
意味の分からない問いだった。
だが老女の眼差しは真剣で、サティは思わず歩を止める。
「耳……?」
「自分の声ばかりじゃない、他人の声を……深く、最後まで聞き届ける耳のことだよ」
サティは返す言葉を見つけられなかった。
老女は何も言わず、ただ微笑んで荷車を押し、霧の向こうに消えていった。
その瞬間、足元の土が微かに震える。
遠くで雷鳴が響き、空気がひやりと冷たくなる。
背後から、クラウディアの低い声が届いた。
「……サティ。次に来るのは、走っても逃げられないわよ」
彼女の表情はいつになく硬い。
サティは無意識に息を呑んだ。
───何かが始まろうとしている。




