謙虚の継承者 ― セリーヌの静かな導き
「君がサティ・フライデーか」
静かな書斎の奥で、本を閉じた青年――イザーク・フォルグレインが立ち上がった。
その瞳は知性にあふれていながらも、どこか“寂しさ”を秘めていた。
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「大罪すべてを会得した。だが、現在所有している美徳のうち《勤勉》だけが未覚醒――」
彼はサティの胸元にある紋章を見つめる。
「君に課すのは、力では解けない問いだ」
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イザークが差し出したのは、一冊の本。
だが、それは読めない。言語がバラバラで、暗号めいていた。
「この書を“読む”のが試練ではない。
読むために、君自身の過去、歩み、知識、決断……その全てを問い直すことが“勤勉”の意味だ」
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サティは手に取る。
次の瞬間、本の中から光があふれ、彼女の意識は虚空へと投げ出される。
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精神領域――《知識の迷宮》
石造りの回廊。どこまでも続く書架。
空には言葉が浮かび、地面には計算式が刻まれている。
「ここは……私の知識が、問われてる……?」
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目の前に現れたのは“影のサティ”。
かつて大罪を会得するまでの彼女の決断、その歪みを象徴する存在。
「お前は力を得ただけ。何も学んでいない」
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「違う、私は……!」
サティが叫ぶたびに、周囲の書架が崩れていく。
それでも、彼女は歩く。
一歩ずつ、手を伸ばし、崩れた言葉を拾い集め、迷宮の中心へと進んでいく。
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「私は、何度でも選びなおす。力じゃなく、意思で。間違ったら、学び直す。
それが、私の《勤勉》だ……!」
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光が差し込んだ。
静かに書架が戻り、目の前の“影のサティ”が微笑む。
「ようやく……お前は、自分自身を読んだ」
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現実世界に戻ったサティの手の中で、解読不能だった本が文字を刻んでいく。
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イザークが静かに微笑む。
「これが、君自身の知識だ。答えはいつも、自分の中にある」
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カザルスの街を抜け、サティたちは郊外の森を歩いていた。
そこで彼女たちは、ひとりの少女と出会う。
淡い緑の瞳に、淡い栗色の長い髪。
白いローブを纏い、背筋を伸ばしながらも柔らかな微笑みをたたえていた。
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「はじめまして。私はセリーヌ・アルヴァ=リヴァティア。あなたがサティ・フライデー……」
彼女の声は優しく、しかしどこか芯の強さがあった。
「《謙虚》の継承者として、あなたの歩みを見守ってきました」
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ルリが警戒するように身構えたが、サティは静かに首を傾げる。
「どうして私のことを?」
「美徳の継承者は皆、互いの成長と調和を願うものです。あなたが多くの“罪”を背負うからこそ、私はあなたに触れ合いたかった」
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セリーヌは決して傲慢な態度を取らず、謙虚に自身を低く置くが、言葉には確かな説得力があった。
「私たち美徳は、あなたが歪みを乗り越え、真の調和を得られるように助けたいだけ」
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ミネルバが静かに微笑みながら言った。
「ようやく、もう一人の“美徳”が揃ったわね」
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サティは胸元の紋章に手を触れた。
「これからも、よろしくお願いします」
セリーヌも穏やかに頷いた。
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こうして、新たな仲間が静かに加わった。
謙虚の継承者セリーヌは、これからの旅路に静かな光を灯す存在となる───。




